第120話鶯が鳴くことは無く

 頼也は夜影を叩き起すことに成功していた。

 朦朧としながらも、目を覚ます夜影に頼也はさらに迫った。

「言え!六郎様は!?」

 その勢いに夜影は無意識に敵であると看做みなす。

 そして、頼也を斬った。

 この腕に主がいないことに気付き、恐怖が駆け登る。

 何も見えないままに、血を流す頼也の胸ぐら掴んで殺意さえ見せた。

 混乱する夜影の腕を掴み、止めたは才造。

 やはり、こうなるか。

「梵丸様は無事だ!」

 才造の声に力を抜いた夜影は、手から武器を落とす。

 それから、何に気付いたか才造の手から抜け出して姿を消した。

 頼也は片手で、受けた傷を抑えながら起き上がる。

 一瞬の出来事だった。


「夜影、夜影か?」

 六郎の声に、夜影は急いで駆け寄る。

 倒れ込んだままの身を起こさせて、支える。

「すまぬな。夜影。俺のせいだ。」

 酷い怪我だ。

 やはり、あの時梵丸様を離していたなら命は無かっただろう。

 周囲に目を向けて、草を引きちぎる。

 それを傷の上に巻いて、即席の包帯とした。

 それから肩を貸し、立ち上がる。

 ピュィー、ピュィ。

 指笛を鳴らせば影馬かげうまがどこからともなく現れてくれ、影馬に主を乗せた。

「夜影、お前の方が酷い怪我だというのに、すまぬ。」

 それに首を振って、影馬の傍を寄り添うように歩く。

 主の片手にはその手綱。

 叩き起こされたばっかりに、長くは保てない。

 歩は徐々に遅くなり、やがて、動かなくなる。

 気が付けば視界が地面に落ちており、顔を上げてみれば少し遠くを影馬と、それに乗った六郎様が見えた。

 それで、満足だった。

 満足………だ。

 顔をそのまま伏せて、動かない体を動かそうとも思わず、ただ、眠るように意識を捨てた。


 漆黒の馬に乗って、六郎が帰ってきたことに蝶華は安堵した。

 重傷だが、生きている。

 その事に、涙が溢れる。

「すまぬな、蝶華。心配かけた。」

 泣き出した蝶華にそう笑いかけた後に、後ろを振り返った。

「夜影も、すまぬ。お前が此処まで……、夜…影…?」

 そこには漆黒の馬以外、誰もいない。

 夜影の姿が、ない。

 確かに、共に戻ってきたのだと。

「夜影!?何処だ!?何故、おらぬ!?」

 六郎は恐怖した。

 馬に跨って、隣を夜影が歩いておった。

 それは覚えておる。

 いつの間に、夜影は消えていたのか。

 それに、気付くことが出来なかったというのか。

 漆黒の馬に駆け寄って、その頬に手を添える。

「お前は、夜影の馬であろう?夜影を、探してはくれまいか。」

 馬はブルルと一つ、そして背を向けて歩き始めた。

 人の言葉を理解できるのだろうか、そうであって欲しい。

 どうか、見つけてくれ。

 置き去りにしてしまった、忍を。


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