第119話死を追うな
目の前が火柱に包まれていたならば、この身を焦がしてもその小さき背を守ろうとしただろう。
この身を雷で打たれるのならば、それでも構わないと幼い背を守って死に絶えよう。
しかし、その背が追おうとしている死にはどうしても行かせることは出来なくて、暴れて泣き叫ぶ幼い背を抱き締めて目を閉じた。
「離せ!!夜影!!離すのだ!!」
もしもこの声に刺し殺されたとしても、きっとこの腕の力を抜くことは出来ないだろう。
もしもこの腕ごと切り落とされたなら、この歯で噛んででも引き留めるだろう。
「父上!!!」
背中に矢が刺さる痛みにさえ、今は知ることを拒んだ。
お願いだ、お願い。
早死にを選ばないで。
たとえ、貴方様がこの忍を捨てると仰るのだとしても、今は、今はどうか、行かないで。
逝かないで。
我が主を抱き締めながら、どうすることも出来なかった。
どうしたらいいのかもわからなくなるくらいに、意識が
ただ、追うことを引き留めるだけが精一杯だった。
やがて、我が主の力が途絶えた。
涙の冷たさが身に染みる。
「夜影の馬鹿者……、父上が…、父上がぁ…。」
「申し訳……御座い、ま……せ…。」
声が
もう、もう意識は保てない。
息が苦しくて焦がれる。
火柱の匂いが近くでするような。
腕に抱かれて泣く幼い主を、放ってはおけなかった。
六郎様の死を告げる
今は
立ち上がり、主を抱き抱えたまま歩く。
帰りましょう、と。
「夜影…ッ!?」
ゆらり、ゆらりと主を抱いて歩く夜影の目は閉じられたまま。
おぞましい影を揺らめかせ、まるでそれに操られるようにゆるりと此処まで戻ってきた。
夜影に意識があるようには思えなかった。
「影ッ、六郎様はどうした!?何があった!?」
頼也に問い掛けられてもその口は開かなかった。
ただ差し出したのは未だに泣きじゃくる幼き主、梵丸だった。
頼也はそれを受け取って才造に振り向いた。
夜影の影はそこで途絶えて力を失くしその場で崩れた。
才造が寸でで受け止めて支える。
背中には矢がいくつも刺さったままで、きっとこれは主を守ろうとした証だろう。
「逃げることも、戦うこともしなかったのか…ッ。」
頼也がそう吐き出した言葉に、やっと泣いていた梵丸が顔を上げて、支えられている夜影の背中を見た。
「さいぞう。」
その声に我に返り下を見下ろせば梵丸の弟である
「蝶華様…。」
頼也がそう呟いたのに、もう一つ蝶華の存在を知る。
「六郎様は、逝かれたのですね。」
真剣な顔でそう問い掛けてくる。
まだ、わからない。
その報告はまだ、無い。
しかし、報告は無くとも、そうとしか思えない。
「恐らく、」
「いえ、まだわかりませぬ。」
才造が答えるのを
才造が睨めば、目を伏せる。
不確か、を肯定するわけにはいかない。
「夜影が、目を覚ますまでは、まだわかりませぬ。」
そう重ねた頼也に蝶華は歩を進めた。
「ならば、無理を承知で命令します。今すぐ夜影の目を覚まさせなさい。そして、六郎様が生きていると!」
蝶華の必死な震えた声に頼也は心がざわついた。
無理かどうか、を言えば叩き起こせるだろう。
無理ではない。
梵丸を降ろして頼也は夜影を見る。
「頼也…、叩き起す気か?」
「そう仰せだ。致し方無し。夜影を寄越せ。」
「断る。こんな状態で叩き起こせば、どうなるか予想がつくだろう!」
「命令だ!」
頼也も酷く動揺している。
怒鳴り、夜影の腕を掴んだ。
「命令には従え。蝶華様の、命令なんだ…!」
最早、己に言い聞かせるような言葉だった。
才造はその頼也の手を払い除ける。
そして夜影を抱き上げ、睨み付けた。
叩き起すべきではない。
才造の中で警告が鳴り響く。
今、これ以上のことをすれば確実に…夜影の傷になる。
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