第115話味がする

 才造が部屋に戻ると、そこには頼也と頼也の指を舐める夜影がいた。

 才造が、はたと動きを止めて一旦目をそらした後、再び其方を見れば頼也と目が合い、妙な感情が浮かぶ。

「夜影。」

 才造の呼びかけに舐めるのをやめはしたが舌を出したまま才造に振り返る夜影はきょとんとしている。

 血が出て舐めているわけではない。

 血ならばまだわかる。

 認めたくはないが、それならば以前血を舐めていたことと結びつければまだわかってやれる。

 だが、何故。

 頼也の、血も出ていないかすり傷もない指を?

「鰹出汁の味がすんの。」

 夜影は察したかそう答えた。

「……だからといって舐めるな。」

 才造からすれば『頼也の』であるから気に入らないだけだが。

 そんなことは流石の夜影であっても察せない。

 いや寧ろ夜影だからか。

「頼也が良いって言った。」

 またひと舐めしてみせる。

 よくもまぁそんなことをさらりとしやがる。

 頼也は才造に鼻で笑った。

 それがなんとも挑発的で、いや挑発しているのだろう。

 その勝ち誇った笑み。

 頼也からのささやかな嫌がらせでもある。

「ってことで今日は味噌汁作ろ。」

 何が『ってことで』になっているのかわからないが、夜影は献立を一つ決めて舌をしまう。


「才造、片手。」

 短くそう言われて背後に立っていると察した才造は片手を上げ、これでいいかと待った。

 夜影はその上げられた片手を両手で掴むと、一つ舐めた。

 それに才造が驚いて振り返り見上げた。

「お、おぅ…。」

 もうひと舐めしようと舌を出していた夜影と目が合い、なんと反応してよいやらわからず微妙な反応をしてしまった。

「あ、ごめん。甘い味が…。」

 夜影は目をそらしてそう呟いた。

 最近の夜影はなんでも気になれば舐める癖でもあるのだろうか。

「いや、構わんが…甘い味?」

「香りからして美味しいのかな、と。」

 そう答えてまた舐めた。

 もしかして、夜影は最近断食してはいまいか。

 断食しているから、美味そうな香りにつられて食えないのを理由に舐める、と。

 味だけを楽しむ為に?

「断食はいつまで続けるんだ?」

「えーっと、あと数週間は…、え?才造に言ったっけ?」

「いや、聞いた覚えはないがなんとなく。」

 やはりそうだったか。

 まぁ、確かに味だけでもとは思う時もあるだろう。

 断食中ならばな。

 甘い味、が何故するのかはよくわから……。

「おい、待て!その甘い味って、毒薬のだろうが!」

 そういえば、さっき毒薬を作っていた。

 それも、甘い味のを。

「耐性あるから大丈夫。」

「そういう問題か?というか、まさか誰の指でも舐めるわけではないだろうな?」

「味がするなら誰でもいい。」

 もう少し警戒する気はないのだろうか。

 してくれないと困る。

 個人的に。


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