第114話十勇士筆頭の

 武雷忍隊十勇士の名はそれぞれ有名であり、出身の忍の里はその影響かまたも有名である。

 とは言っても夜影のように武将の間にさえ有名になるほどではなく、忍の間で有名であるというだけの話。

『武雷に夜影あり』といわれるほどに夜影が有名なのも、仕方が無いとしても十勇士は名は兎も角として存在がよく知られている。

忍隊しのびたい十勇士じゅうゆうし筆頭ひっとう無名むめい夜影ヨカゲ』というのも可笑しな呼ばれで、何故『夜影』と名乗りながら『無名ノ』とも名乗るのか十勇士の者でも知らない奴ばかり。

 夜影曰く、『夜影』はあくまでも才造に名付けられた所謂いわゆるあだ名というやつで、実際は名は無い…つまり『無名』であるから一応そうわざとこだわって名乗るのだそうだ。

 このあだ名が正式になるには結婚してからではないか、と本人は冗談めいた口調で答えたそうだ。

 夜影の本名を知る者はいないとされているし、元々親に名を与えられなかったのではないかとも噂されている。

「で、実のところは?」

「この話したかないんだけど…。」

「噂通り?」

「名なんて捨てたさ。」

 ぶっきらぼうに答え、睨む様子に十勇士の一人はこれ以上は問いかけまいと思うたそうだ。

 どうも、それは本当らしい。

 夜影の出身の忍の里が何処なのかも定かではないが、有力な情報がある。

『夜影と名乗る忍を送り出した記録が甲賀に残されていた。』

 それを確かめようとするならばまず甲賀に行かなければならず、またそのような貴重情報を見せるほどでもないだろう。

 その記録というのはどうやら夜影自身が暇を持て余して書き連ねた日誌らしい。

 これについては十勇士が甲賀に行き、日誌を有難く頂戴した。

 勿論、中身を見る前に夜影に没収されて、甲賀の何処かに隠したそうだ。

 その日誌の他にも、夜影の秘術書などがあったがそれは甲賀のおさでさえ表紙を目にするのみで中身も知らず、何かの呪術でもかかっているのか開くことは出来ない。

 呪術の札が貼られているのだからそうなのだろうが、呪術師曰く高度な禁術を一つ二つと幾つか重ねて複雑化させているもので本人でないと解くことは出来ない、と判断された。

 夜影に渡し問い掛けると、このような返答があった。

「嗚呼、あの頃の禁術重ねは雑だからねぇ。実のとこ、今のこちとらにゃちょいと難題。」

 頬をかいて苦笑した。

 どうやら未熟な内に禁術に手を出し、それをこうも無理に重ねたのが原因で複雑化しているのであって、意図的ではないのだと。

 未熟故に禁術も荒々しく重ねた時に変に絡まったお陰で、今見ると解けないのが普通だろう、というかこれが解けるのならそれは札は朽ちてからの話になる。

 さらには、この札には朽ちにくいようまた別の術まで重ねてあり、その術に関してもまた未熟。

 仮にこの術が完璧であったのならば解くのは簡単だったろうに。

 秘術書とは名ばかりであることはよくわかる通りで内容を知りたければ、同じくらいの修行を終えれば嫌でも知ることになるだろう。

 忍術は極めていたとしても、呪術であるのだから当然だが、取り敢えずこれはこれでまた一種の強力な呪術といってもいいくらいだから燃やしてしまってもいいのではないか。

 当時の自分もわかっててここまで仕掛けたのは呪術の練習であり見事なまでに中途半端なのだから恥ずかしいものだ。

 だそうだ。

「ただ、どうしても解くってんなら出来る、かな。」

 溜め息をついて、それにはかなりの時間がかかるということも告げられた。

 そして、十勇士にその書物を放り投げる。

「ま、内容覚えてるから言えることなんだけど、あんたらごときの忍には『無駄』ってやつだよ。」

 読んでも理解出来ない書物を、読もうとどれだけ頑張っても結果的にどちらに転んでも『無駄』である。

 夜影が言うには、伝説の忍であるあの忍ならば普通に考えて必要のなさそうなものであるし、結局のところ誰に対しても使えない塵といったところか、と。

「お望みならまったく同じのを書いてやらなくもない。冒頭を理解出来るなら全部書くけどどう?」

 夜影に言われて頷いた十勇士は、冒頭をまったく理解出来ずに断念。

 偶然、伝説の忍が現れたものだから、ついついこれを理解出来るかと見せたものの、首を傾げたのだから夜影はおおいに笑った。

 どうやら夜影でないと夜影の秘術書なるものは理解出来ないらしい。

「ふふ、お馬鹿さん。だいたい、秘術書なんかに頼ってる時点で甘いんだよ。」

 夜影の秘術書と言うのは、夜影が生み出した術でもあり、秘術というのだから中々高度である。

 また、夜影にしか出来ない。

 己のモノをいくら真似をしようともそれは不可能であり、同じ修行を終えていたとすれば理解はできよう。

 理解し、それを真似ようという考えが甘いのだ。

 それから得たことをそのままにするのではなく、独自で生み出そうという血の努力がなければなんとする。

 夜影がこの秘術を生み出したのは、己より前を行った者の秘術書を得て、それを理解し、それを真似て完成するものでは無いのだと察しながら、それでもその秘術に限りなく近い術を行うにはどうすればよいかを研究した血の努力の賜物。

 ただ、夜影が当初目指した産物を大きく超えた秘術が出来上がったのは、夜影がそれら全ての秘術に限りなく近しい術を心得た後にさらに上を望んで修行と鍛錬、研究を続けた結果である。

 夜影からすれば、いつの間にかここまで極めてしまった、という程度のことであるらしい。

 このように、夜影というものはどうしようもない程に上に立っている。

 それを知ろうものならば同じ道を辿る他ない。

 だが、それが容易いものではないこともわかりきっている。

 伝説の忍である敵忍でさえ、その手が届かないのだ。

 彼を知り己を知らば百戦危うからず、とは言うがどうやら夜影相手には叶わぬ話らしい。

 夜影が何度も転生を繰り返していることからわかる通り、夜影は何度も様々な忍の修行を行って再び武雷に戻っている。

 それだけ修行を積んでいるのだ。

 そう考えれば、ある意味自然なことなのかもしれない。

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