第108話表裏返し
偽りを真とし、また真を偽りとするのに、そう難しいことはしなくていい。
彼を知り己を知らばなんとやら、何事にもそれは当てはまるもので、そもそも偽りと真というのは、夜影の持論通りに表すならばそれは己がそうと決めるものでは無いという。
忍術の一つである遁術というのは、偽りを真とするものである。
例えば、水遁の術。
あれは石を水に投げその音で水の中に逃げ込んだと思い込ませ追跡を諦めされるものでもあるが、その音が偽り、水の中に逃げ込んだという思い込みは真であるとするのは水遁の術を行った忍の方であり、追跡を諦めた者からすれば、音は真であり、また水の中に逃げ込んだのも、真。
思い込んだというのは偽りとなる。
だが、勿論追跡をしていた者の中には一切偽りがない。
そう自分が思い込んでいるのだということを知らないのだから当然である。
そういったように、何を偽りとし真とするかは相手の話であり、何が偽りとなり何が真となるのかも相手の話。
己が決めることではないのだ。
相手に何を言おうとも相手がそう信じ、偽り或いは真と定めたのならそれは偽りでありまた真である。
故に、偽りであることを真とするのも、真を偽りとするのも容易であるのだが、それはまた種類の異なる話であることを忘れてはならない。
偽りを真にし、真を偽りにするという行為にはいくつか種類が存在し、また意味も異なってくる。
己が定めた偽りを真に変える方法は如何なるものなのか、という話であれば先程の例は意味を成さない。
夜影はただそれらの問い掛けを愚問であると笑いながら、偽りも真もまったく同じ内容であることを知っていた。
これを誰かが偽りというのであればこれは偽りであるが、またこれを己が真と言うのであれば真である。
モノの真偽ではなく、それは人がそれを如何に捉えたかという話であることをまず知らなければ話にならない。
夜影の目がそれを偽りと見たのはただ都合が悪いか良いかの話であるだけで、当然食い違いは発生する。
その食い違いを解消する方法は、その対象の真偽を問うのではなく、それをそうと申す者の真偽を問うのだ。
その者さえ真偽を問うのは指南書通りに行ったという阿呆の真似事であることもわかっていなければならない。
実の所は、真偽なぞ問う必要はないというわけだ。
最初から真偽を問うている時点で、答えは大したものではない。
その対象が偽りであるか真であるか、ではなく我らにとって好都合か不都合かで判断すればよい。
不都合は偽りとし、削除すればよい。
好都合であれば真とし、泳がせておけばよい。
そして不都合となった瞬間、潰せば問題は無い。
彼が紛れ込んだ敵か、否か。
彼が偽りなのか真なのかというのも、彼が偽りであるのを真としようとしておるのも、正直、どうでもよい。
疑わしいのならば不都合とし、それからその不都合をどう処理してやれば好都合かを考えて対処すれば早い話である。
夜影が酒を飲みながら、そう語るのを新人らは熱心に聞いていたが、他の部下はそれを聞く必要はないとした。
酒を飲みつ語る夜影の話は、夜影が面倒だと思った時の判断の仕方の話と、適当にそう判断して処理してしまっても何ら問題ないというだけの話であることを部下は知っている。
しかも、その話は過去に聞かされている。
聞いたことの無い者だけが聞けばいいというだけのこと。
そして、その話は案外役に立つのだから面白い。
「ま、判断に不安を感じるなら先輩に投げればいい。」
だから、気軽に行けばよいのだ。
最悪、仲間一人を誤って殺してしまったとしても、死人に口なしというもので、其奴が偽りであったのだと隠蔽してしまえさえすればよいのだ。
死んだ仲間がその誤りをとやかく申すことも出来ない。
それに罪悪感を感じてはならない。
それはそれで正しかったのだと正当化してもらって構わない。
ただ、始末したことを黙っているのではなくさっさと報告し、偽りをあたかも真であるように振る舞えば、問題無い。
ただし、誤りであると自覚がある場合の隠蔽は覚悟をしておかなければならない。
無自覚であるならばまったく気に病むことも無い。
それだけの話。
「まぁ、最終的我が主に害が及ばないなら何しても構わない、ってくらいでいい。十勇士なんかそんくらい軽い輩だしね。」
酒をまたそそぎながら、喉で笑った。
「結局はくだんない言葉遊びなんだよ。偽りも真も、ね。」
上機嫌でそう放ると、酔いはまだ回らぬようで頼也の背中に寄りかかりながら報告書に目を通す。
忍の三禁の一つである酒をこうして宴以外で飲むのは忍では夜影くらいのもの。
「ほぅら、十勇士三番手、頼也だって報告書に偽りも真も書くんだ。」
「バレたか。」
「っていう感じで、普段は緩くでいいよ。時と場合によりけり臨機応変に対応してくれりゃいい。」
報告書を放り投げながら、笑う忍隊の長に新入りはただ驚きを隠せないでいるばかりであるのだった。
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