第101話地獄とは
「夜影、『地獄に生きた忍』。」
六郎がそう言うのに眉を潜めた。
「なんです、いきなり。」
「夜影の生きた、『地獄』とはどのような所であった?」
夜影は呆れたように溜め息をついて、苦無を手で弄ぶ。
「そりゃ、ある種の偽りですよ。」
夜影が苦無を投げて回して転がして遊ぶものだから、よく手が切れないものだなと思いつつも首を傾げた。
「偽りではなかろう?」
「うんにゃ、あれは偽り。あんな所、『地獄』ってほどじゃないさ。」
狐のように笑いながら、苦無の数を増やして器用に投げては転がし、飛ばしては回す。
楽しそうに見えて、その目が冷たいことも見えている。
「『地獄』ってのは、他者の感想なわけ。『地獄に慣れる為の修行』だね。」
「『地獄』ではない、のか?」
「あくまでも『修行』。『地獄』はこの先だって言われてるようなもんでさ、まぁ結局『地獄』には生きられないんだけど。」
随分と夜影が軽口を叩くようになった。
それがなんとなく嬉しいが、それを言うと夜影は途端に畏まるからやめておく。
「生きられないとはどういうことだ?死ぬのか?」
「やだな、勝手に殺さないで下さいよ。『地獄』なんてものに身を投ずることがない、って言ってんです。」
苦無を全て手に収め、素早く指の間に挟んで振り返った。
歯を見せて笑む夜影に、これが本来の夜影でありそれを長らく殺してしまっていたのだと気付く。
主が変わってしまってからというもの、夜影が砕けてきたのだ。
やはり、相性が悪かったのか。
「真、某とお前は合わぬのだな。」
「そうですねぇ。」
まだそれを根に持っているのかと夜影に目で問われた気がした。
「何故だ?」
「あんた様はこの武雷家にゃ珍しいお人様だからさ。」
「珍しい?」
何がそう珍しいのか、考えても長年武雷家に仕えている夜影だからこそわかるのでは?と結局行き着いた。
「そう、珍しい。主ってのは、手が掛かるくらいに真っ直ぐなお人様なの。」
苦笑して苦無をしまうと、肩を落とした。
「そんで、こーんな忍を馬鹿みたいに信じて背中を任せて、本当に楽しいお人様。ご自分が変わり者だって気付きやしない。我を持ってて、頑固で意志がお強い、そんで持って忍を扱い切れてないんだけど、死に際まで貫くお人様。たかが忍一匹が死んでもこの名を呼んで死ぬなと無茶言う。共に生きたいと言いながら、こちとらは共に逝きたいんだけど、そんなの関係ない。もう言葉も尽きないくらいに、こちとらの好み全開、支え甲斐があるってもんさね。そんで、言うことやる事、おっかしくって。それが嬉しくて。こちとらが帰って来るとね、すんごい嬉しそうな顔すんのよ。戦が終われば満足気な顔をしちゃって、こちとらのお陰だなんて言うんだよ。光栄だね。こちとらの長期任務が気に入らなくて毎回不機嫌になっちゃって、ふふ、帰ってきて怪我なんかしてたら、叱ってくるんだ。そしてね、労ってくれるのさ。お強い、どうしようもなくお強いお人様。こちとらの、大事な、大事なこちとらだけの主様…。」
指折り指折りそう長々と語り、その顔は心底懐かしそうに、そして何処か寂しそうだった。
「だからね、若様はもうこちとらだけの主様なの。若様に、もう一回『俺の忍』って言って欲しいんだ。ちょっと、欲張りかな。」
くふふ、と幸せそうに笑う。
忍らしくない一面を隠しておったなぞ、知らなかった。
ただ、知れてよかったかもしれない。
忍にもこうした顔が在って、ただ冷たいだけではないのだとわかった。
「うむ!夜影は梵丸だけの忍だ!しっかと守り、立派にしてみせぃ!」
少々驚いた顔をしたが、直ぐにふわりと笑んで答えた。
「承知致しました!」
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