第100話すき

「よかげ!ぼくもいく!」

「わ、若様?」

 夜影が任務に行くのだと気付くと、夜影の片足にしがみついてしまった。

 どうしてよいやら。

 その手を解いてその場に座れば膝に登って抱き着いて来た。

「直ぐに戻ります故、お待ち下さい。」

「や!」

 わかっておらずとも、夜影が何処かに行くというのだけは理解している。

 蝶華へ顔を上げれば小さく笑っている。

「蝶華様、何故眺めておられるのです?」

「夜影がまた畏まってるからよ。」

「畏れおおいんですけど、お願いしますから若様を。」

 しかし母より夜影、らしい。

 今度は腕にしがみついた。

 任務に行けない…。

「お仕事は他の忍さんじゃ駄目なの?」

「人手不足なんです。いつもは長が出張らなくてもいいんですが、こればっかりは…。」

 頬を指先でかきながら眉を下げた。

 分身にも限界がある。

 これ以上の負担はいくら夜影でも倒れそうだ。

 人手不足が解消されるまでは倒れるわけにはいかない。

 入隊候補者は徐々に来るようになっており、一気には済ませられない。

 また明日にも来る予定である。

 そうして徐々に人手不足の波が収まっていく。

「よかげー!」

「ん。」

 腕から離れたと思えば頭を抱き締められる。

「何も見えません、若様。」

「ほんとうに、梵は夜影が好きねぇ。」

 こうのんびりとしてる暇は無いのだ。


 入隊試験を行いながら、目眩に唸った。

 審査の目を休ませてはならないのだが、これはどうにもならない。

 入隊候補者はその忍隊の長の疲労に少々不安になった。

「次、に…移る。任を課す。」

「は…。」

 これではならない。

「長、休んで。」

 小助が現れ夜影にそう言う。

 夜影が此処まで疲労を露わにするのはみたことがない。

 部下も不安なのだ。

 此処で夜影が倒れたならば、その不安は余計広がってしまう。

「試験は俺が引き継ぐから。俺なら、見抜ける。」

「小助…。これより、長の代役として、十勇士…小助にこの場を任せる。彼に従い、試験に挑め。」

 そうなんとか声を出して場の引き継ぎを告げた。

「はっ。」

「小助、あとは頼んだ…。」

 弱々しい声で最後小助にそう囁く。

「応!長はしっかり休んで!さて、代役としこの小助、入隊試験を引き受ける!異論がある者は述べよ。」

 夜影はふらりとその場から姿を消した。


「長、何かご用意致しましょうか?」

 部下が慌ててそう声をかける。

 夜影がそれを一瞥してから小さく首を振った。

 壁に凭れて座り、深い溜め息をつく。

 脱力すれば、思っていたより己が疲れていたのだと感じた。

 小助ならば確かに任せられる。

 だが、小助の負担を考えてやらねばならない。

 いくら自ら引き継いだといっても、任せて仕事を与えたのは己。

「長ぁ、取り敢えず水飲んで。難しい顔して考え込んでたら、休めませんて。」

 明朗がそう水を差し出すのを受け取って、小さく礼を言った。

 水を飲んでから、とろりと睡魔に迫られる。

 少し休んだら直ぐに仕事に向かわなければならないというのに、眠ってはいけない。

 手から転がり落ちる音にさえ、目を開けるきっかけにならなかった。

 そのまま、睡魔に負けて眠りに落ちた。

「ふぅ、流石の長でも、才造の新しい強睡眠薬には負けたかぁ。」

 夜影を抱き上げて、乱暴に才造の部屋の扉を開ける。

 それに驚いた才造が振り返り、顔をしかめた。

「お前、何してやがる。」

「才造の薬で眠らせたんだって。怒んな。んじゃ、長を頼んだわ!」

 才造に夜影を強引に渡し、部屋を出ていった。

 御丁寧にも、いつもは閉めないくせに扉を閉めて。

 書類処理作業を延々と行っていた才造は、確か夜影は入隊試験の審査をやっているはずでは無かったか?と思い出す。

 だが、今こうして眠らされているということは、誰か十勇士が代わりにやっていることになる。

 強睡眠薬が夜影に効いた、というのは良い情報ではあるが明朗に渡した記憶もない。

 勝手に持ち出したのか。

 まぁいい。

 膝の上に寝かせておいて、作業に戻ることにした。

 静かな寝息をたて、眠る夜影が寝返りを打って才造の方へ向きふにゃりと笑ったのを見た瞬間、稲妻が走った感覚がした。

 隙をこうも無防備に晒すなぞ、夜影らしくもない。

 だが、それがいい。

 頭を撫でてやりながら、面倒に思っていた机上作業を再開した。

 途中休憩を挟み、指の腹で夜影の唇をそっとなぞった。


「長は?」

「才造ンとこに預けた。今、多分才造が長を愛でながら仕事してるはず。」

「ならいいや。」

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