第98話十勇士 終ノ試
「小助、号令宜しく。」
夜影はうんと伸びをして言う。
才造が立ち上がり夜影の前に正座した。
夜影も才造が座ってからその膝を折った。
一礼、そして小助の号令を待つ。
周囲の部下の目がこれに集中した。
「始め!」
才造が一瞬にして霧と化しまだ動かぬ夜影の背後へ現れた時、夜影はやっと前へ片手をついた。
才造の忍刀が夜影へ迫れば、夜影が目を細めて赤い瞳を光らせた。
刃が斬った瞬間にそれが影となって散る。
影分身であるとわかる。
夜影は火種を片手に忍ばせ、酒を口に含んだ。
才造が振り返りさらに攻めに転じようと足を踏み出した時、夜影が火種を口元に構えて酒を吹けば、これは見事な火炎撃。
才造は二歩目が着地して直ぐに身を回し後方へ走った。
距離を置くための火炎が収まれば直ぐにでも攻めへ。
夜影は酒瓶を栓をしたまま才造に投げた。
才造の眉が僅か反応したのを夜影は見逃さない。
すかさず夜影は酒瓶へ飛苦無を投げ、割ってやる。
中身の酒が撒き散らされ、才造は咄嗟に後方へ退いたが少々被ってしまったか。
夜影は手の中で火種を転がして小首を傾げた。
さぁ、近付けばその身に何が起こるか予想出来よう。
気配を消そうともその匂いでは忍べない。
才造の舌打ちが聞こえ、霧を起こされる。
夜影は素早く身を伏せ、才造の足がどの方向へ消えるかを伺った。
そして低い姿勢で獣ように構えて匂いを追う。
鼻にくる毒薬の匂いと酒の匂いが混ざり始めた。
やはりそう来たか。
才造は霧の向こうで光る夜影の赤い瞳を追って位置を知る。
あの光源となる赤は妙に強い。
霧の向こう、闇の中、何処でも目立つ。
我は此処だと目を見開かれた時には、恐怖が身を走るくらいに面妖で。
毒薬を霧状に撒いた後は麻痺薬を手にする。
才造の得意は薬と霧の戦闘。
だが、夜影の耐性の強さは才造にとって厄介だ。
それでもこの日の為に生み出した新たな薬らを扱えば。
液体状の薬を入れた瓶を宙に放る。
それに目掛け飛苦無を投げれば、その空を切り込み飛ぶ音に夜影の耳が気付いた。
身を後方へ退かせつ、それが不自然であるのに気付いた。
夜影は覆面で口と鼻を隠し、赤い目を閉じる。
片目だけとは不利であろうが、この目を開いておれば忍べまい。
瓶の割れる音が響いた時その破片が、液体が床に落ちる音に嫌な予感が頭を過ぎる。
才造の気配が上にあった。
しかし、あまり動けそうにない。
足元さえ視界が悪いというのに、と夜影は苦笑して壁に背を付けた。
才造は赤い目が閉じられたことに、壱の試験だったならば詰んでいたなと思うた。
才造には印を奪うのにはこの戦闘方法は向かない。
得意が活かせない試験なぞやってられるか。
夜影の動きをさらに制限する為に上から薬を撒いて攻める。
的確に、確実に、仕留めるには。
夜影は壁を背に目の前の足場を潰されるのを見ながら、だいたいの才造の位置を探る。
大型手裏剣を構え、さてお互いの狙い目がぶつかればいいのだが。
先程拾った瓶の欠片を低く飛ばし、向こうの方に音をやる。
才造の耳に当然入ったが、そこに夜影が居るとは考えなかった。
流石にこんな音で騙せないか、と夜影は自虐する。
そもそも、夜影という忍がこんな状況で音を出すとは思えない。
誤って破片を蹴った、踏んだとしてもそうそう無闇に動くほど馬鹿ではないだろう。
それがわかっているから、味方同士の戦闘は面倒なのだ。
相手を理解していればしている程に、何の意味を成せるというのか、笑えたものよ。
そろそろ才造の酒の匂いも消されているだろう、酒も乾き切っている頃だろう。
才造が此処だろうと夜影へ手裏剣を投げた。
夜影はそれを避けることは出来ない。
受け止めればきっと毒が塗られているだろう。
大型手裏剣で弾く他ないのだが、弾けば確実化。
夜影は手裏剣を目でしっかと見て避けるという判断をした。
首を傾げれば手裏剣は壁に刺さる。
傾げなければ当たっていただろう。
才造は壁に身をつけて床へ降りる。
そこに居るはずでは無かったか。
弾くしかないであろうに、避けたのならば慢心しているということ。
薬を踏めばその慢心に気付き足をまず捨てなければならなくなるはずだ。
薬を片手に、いつ撒こうかと伺う。
動いてはならぬ。
忍耐力こそ此処に。
才造が、少し、また少しと近寄ってくる。
身を下げて、それを待ち伏せた。
才造の目には霧にある黒が見えない。
夜影の忍装束の色が黒であったはず。
薬を放り投げれば、それが霧を通って夜影へ飛んだ。
夜影は液体ばかりはどうしようもない。
これなら、と天井へ素早く上がったが霧の僅かな乱れに才造は夜影が動いたことを知る。
手裏剣を寸でで避け忍んでいたか、当たったが効かなかったかの二択であると気付いた。
その霧が乱れた方向で天井にでも上がったかとわかる。
壁伝いに移動し、さて、何処だと毒針を持つ。
麻痺でもして落下してくれてもいい、単純に毒に鈍ってくれてもいい、睡魔に襲われ意識を遠のかせてくれてもいい。
どれが当たってもいい。
針を天井へ向けて投げ付ける。
夜影は針が向かってくるのを避ける為に天井を走る他ない。
弾けば、また忍べない。
全体的にばら撒かれる薬に、夜影は才造の無茶苦茶な遠慮のない使い方に、苦笑しっぱなしだ。
だが、効かない毒を此処まで使うはずがない。
数当たれば流石に効くと思うたか?
いや、それはない。
ただ、こうも視界を悪くされ互いの居場所さえ確定しないままでは審査も糞もない。
才造の針の飛び方にはたと気付いた。
才造……今、真下に居るんじゃないの?
いや、そうだ、間違いない。
此方から何か仕掛けていないのだから、才造はただ此方が天井におるということだけしかわかっていないはずである。
真上にいるなどと、思いもしないだろう。
これは、これは。
好機を偶然にも敵に与えて如何なさるおつもりで?
真下目掛けて飛び込め!
才造と目が合った。
その目が見開かれて、直ぐに忍刀を晒す。
ぶつかり合う金属音、互いの目は離されず。
そのまま夜影は宙で一回転才造に蹴りを入れる。
それを忍刀で防がれ、薬を手に忍ばせるのを見た。
まだ薬を持っていたのか。
撒かれる薬をくらいながらも、才造を大型手裏剣で斬った。
ちと深めに入ったか。
しかしこの薬に心の臓が鳴った。
耐性を……上回った…?
視界が歪み、床に着地しつつ吐き気を感じる。
「どうやら成功だったようだな。」
「ハッ、してやられたわ。」
意識が遠のくことを許すまい。
片腕を思いっきり殴り骨を折った。
それに才造が再び目を見開いた。
腕の骨折がもたらす強い痛みが意識を失うことを許さず、この毒に慣れようと体が抵抗を示し始める。
さらに骨折した腕を自ら斬り、血を床に撒いた。
その血の上ならば、行動が出来る。
そして、才造ならばこの血に触れられない。
毒には毒で対抗してやる。
才造が無数の針を飛ばしてくるのを片手の大型手裏剣で弾くも、全てを弾けるわけではない。
刺さりさらなる毒に侵されながら、反撃を仕掛けた。
影分身の術!
体が重くなり、片膝を付く。
息が苦しい。
分身を排除する才造の前で、血の上に身を伏せる。
立て。
この毒を覚えろ。
そう自身に言い聞かせる。
疲労までも毒に加勢するのか。
才造が分身を潰し、夜影へ忍刀を構える。
「終わらせ……ない!」
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