第97話十勇士 弐ノ試

 続いて明朗だ。

「始め。」

 早くも才造の号令の声が気怠そうになったがそれはどうでもいい。

 明朗との戦闘は何気に夜影を楽しませる。

 そう、忍術合戦になるのだから。

 忍術というのは身一つで出来るのが殆どであり、簡単なものが多い。

 しかし、人はそれにいとも容易く騙される。

「長ぁ、十勇士に準備をさせたのが失敗でしたね。」

「どうだか。わざと、かもしんないよ?」

「流石、長。楽しみたいんですね?」

 明朗が指を鳴らせばこの道場に水が満たされる。

 夜影は顔を青ざめさせた。

 こんな大量の水、城の掘りから繋げているとしか思えない。

 ということは昇給試験の後には修理が待っている。

 此奴ら、絶対他にも施してやがる。

「うわぁ…、出費が…。」

 思わずそう頭を抱えるが、それも明朗の策。

 夜影ならば水よりもそっちに絶望するだろう。

「なんてことしてくれてんの…。忍風情が、こんなことしてるなんてバレたら、昇給どころじゃないっての!」

 怒鳴る夜影に明朗は笑った。

「長ぁ、毎回こうでしょう?毎回、長がバレないよう修理して終わってる。」

 夜影は腰上まで迫った水を見下ろして、額に片手をあてた。

 想像しただけで目眩がするほどにそれがどれだけ大変なことか、わからせてやりたい…。

 代々十勇士はこんな酷いことを仕掛けてくるのには故がある。

 それは、こうでもしないと昇給に近付けないからだ。

「水蜘蛛の術。」

 夜影は水から抜け出し水面に立った。

 本当ならばその忍術に必要な道具というものがあるのだが、夜影には関係ない。

 明朗はそんな長の狡さが欲しいくらいだ。

 水の中では動きが鈍る。

 ならば水面に上がれば良いのだ。

 それが夜影である。

 明朗は忍刀で水飛沫を高らかに上げた。

 水遁の術だ。

 夜影はその水飛沫が偽りだと判断し、ならば脅してやろうと片足を上げる。

 水面を勢いよく踏み付ければ、明朗の上げた水飛沫よりも高らかに大きく水飛沫を上がらせて己の身を隠す。

 それが一瞬であろうとも充分で、明朗は舌打ちをしてその水飛沫が偽り返しであると判断、天井にぶら下がったままの状態で夜影の姿を探した。

 水遁の術には、三種類ある。

 今し方夜影と明朗がやった水遁の術は音を利用したもの。

 音で相手を騙す忍術であり、危険度が低く楽なので結構忍はこれを使う。

 そもそも遁術というのは逃走を目的とした忍術であるがために、こう戦闘で活用することは普通ない。

 戦闘よりも情報を生きて持ち帰ること大切なのだから、当前だ。

 だが、今はそれさえ使ってやる。

 夜影の行方が見えないところから、己と同じく水から離れたか、或いは水へ潜ったかだ。

 夜影は息を止めて水中で待ち構える。

 降りたところを掴んで水中に引きずり込み、水中戦へと持ち込んでやろうとする。

 竹筒などを使って呼吸する水遁の術は実はあんまり使わない忍術である。

 というのも、わかる通り不自然過ぎる。

 それに竹筒を使うより手頃なのは忍刀の鞘だ。

 忍刀の鞘には呼吸出来るくらいの穴が

 空いており水遁の術で使えるし、手持ちが無いという時には本当に便利だ。

 そろそろ息が苦しくなってくるくらい、明朗は目で探していた。

 印が水で消えることのないモノで良かったなどと夜影は呑気に考えた。

 流石に、仕方あるまい。

 夜影は忍刀を鞘から引き抜き鞘を呼吸穴として使う。

 が、ただでは済まさない。

 明朗はそれを見るなり苦無を構えてそれへと飛び込んだ。

 が、苦無とぶつかったのは夜影の忍刀。

 夜影は鞘を投げ手放すと明朗の胸ぐらを掴んだ。

 明朗はそれを払おうとしたが間に合わず夜影に水中へと引きずり込まれた。

 明朗が手を離される前に夜影の忍装束、外套の中へ手を伸ばしたが夜影に蹴りを食らわされる。

 水面にお互い顔を上げて息を吸う。

「見えたぞ。」

「だったら奪いな。」

 再び水飛沫を上げた両者の行方は水中にも無かった。

 少しして才造が立ち上がったのに周囲は決着が着いてしまったかと理解した。

 水飛沫を上げて水へ落下したのは明朗だ。

 遅れて音もなく水紋を広げて夜影が水面に着地した。

 ずぶ濡れになりながら、夜影は外套の中から正しい印を取り出し、横に折った。

「止め。」

 跳ねていた髪も水で大人しくなる。

 鬱陶しいとばかりに髪を掻き上げ、どうせだと髪を後方へ撫で付けた。

 鋭く見下すような目は明朗に怒りを向けている。

「水抜きと、明朗の回収宜しく。」

 こうなると男らしさ、格好良さが出てまったく別の雰囲気になるのだから、部下はなんとなく悔しい。

 夜影にその気は無いのだが。

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