第92話初連携にして初襲撃

「た、たたたた大変です!!様が『』と!!言いました!!」

 しゅたーんッ!と勢いよく障子を開け放ちそう開口一番に報告したのは夜影だ。

「落ち着け。逆ではないか?」

「あらあら、私達より先に夜影を呼んじゃったわぁ。」

 片は苦笑、もう片は穏やかに笑う。

「夜影にしては珍しいな。」

「で、御用はなんでしょう?」

 素早く切り替えて呼び出したのは何だと表情を冷めさせた。

 なんだこの忍、切り替えが速すぎる。

「よかえ!」

「惜しいです、若様。任務ですか?」

「そこで会話しながら此方に会話を投げ掛けるでないわ。」

 流石に六郎も可笑しくて笑ってしまう。

 片手で抱いたまま膝付きそんな器用なことを。

「任務では無くてね、弟か妹が産まれそうなのよ。」

「存じ上げております。」

「それでね、もう一人…。」

「こちとらの主はただ一人と決まっておりますれば。」

 夜影の察しは速い。

 きぱっと断りが入り込んで肩を落とす蝶華は考え込んだ。

「そうねぇ、やっぱり、才造しかいないかしら。」

「あれは子育て出来る忍ではありませんよ。そもそも忍の仕事ではありませんし。」

 天井の方に目をやりながら、夜影は早口でさっさと答える。

 六郎はそれを見て、あぁ、そこに才造がおるのだな、と思うた。

「この子が男の子だったら、夜影を欲しがりそうじゃない?」

「何故にそうお思いに?」

 夜影が首を傾げ、猫耳を動かした。

 それに梵丸は手を伸ばして掴もうとするが、届かない。

「兄が夜影を持ってたら、羨ましくなるわよ。夜影は優秀だものね?」

 褒められるのに慣れていないのがよくわかるほどに夜影は目を泳がせる。

 指先で頬をかきながら、どうも居心地の悪そうな表情を浮かべた。

 嫌ではないのだろうが、どう反応していいか困っているように見えてしまう。

「二人は駄目?才造は駄目?」

「駄目、というよりは無理、ですね。おっと。」

 飛んで来た苦無に梵丸を守るように抱えたまま背を向け、尚且つその忍刀で器用に弾いた。

「小助!何してんの!?」

 そう怒鳴る夜影に六郎は小助がやったものだと思った。

「伝説の忍だ!俺にわかるか!!んなもん!!」

 そう怒鳴り返す声と共にこの畳の上の着地した。

 なるほど。

 伝説の忍、とやらが夜影に向かって刃を晒す。

 夜影はその目を鋭く光らせて、忍刀を片手に、梵丸を抱えたまま飛び退き舌打ちした。

「若様、指二つ、お借りしても?」

「よあえ?」

「そうそう、先程のように!」

 六郎には何のことだかわからないが、夜影は敵忍の刃を弾きながらそう言う。

 梵丸は笑顔で夜影の口元に指を差し出す。

 夜影は迷いなくその二つの指を咥えたと思ったら…。

 ピュイーッ!

 高らかに音色を響かせて、開け放たれていた障子の向こうから影鷹が飛び込んで来た。

 影鷹に害され敵忍は後方へ下がるが、影鷹の追尾攻撃が止まない。

 そのまま煙を巻いて姿を消した。

「ったく、なんて重さよ…。小助が無理なのもわかるわ。」

 忍刀を回しながら、そう吐き捨てた。

 だが、敵の襲撃にも見事に主従連携を取ってやり過ごしたのには六郎も蝶華も笑顔。

 小さき主でありながら、ただのお荷物とはならない。

 そして、幼き主を守りながら、しっかと冷静な判断。

「見事であったぞ!」

「何言ってんの。まだ気配が聞こえてる。こんなくそ忙しい時に!」

 再び一瞬に現れ畳に足を付けた敵忍に夜影は忍刀をぶん投げ、それを避けられ忍刀はざっくりと畳に深く刺さる。

「ちょっ、長、流石に無理なんじゃないっすか?」

「黙んな!無理であろうが無理じゃなかろうがぁっ、我が主に害なす奴は全員ぶっ殺すまでよッ!!」

「うっわ、六郎様!長がキレたんでお早く避難された方が賢明かと!!」

 小助の言う通り、夜影がキレれば主以外の者には見境ない恐ろしい忍術が待っているのみ。

「さぁ、奴さんは、みぃんな回れ右のお時間だよ。こちとらにぃ、殺されたい奴寄っといで、っとぉ!」

 寄っといで、と言いながら己から突っ込んで行く様がなんとも言えない。

 ちなみに梵丸は抱えられたままだ。

 夜影の判断が、自分が抱えている方が傷を与えられやしないだろう、という方向に傾いたらしい。

 いや、実際そうだ。

 雑に殺し潰すようでいて、返り血一つ梵丸に浴びせない上手さと、攻めと守りを同時に行う器用さが遠目でもわかる。

「いっちょあがりぃ!」

 庭が無残な死体と血に塗れ、その中心で上機嫌へと一転した忍がそこに在る。

 恐怖でしかなかろう。

 終始笑みを忘れなかった事と、梵丸を守りきった事、そして全ての敵を撃退または駆除した事は褒めていいだろう。

 だがしかし、この風景は蝶華に見せられたもんじゃなかろう、と六郎は蝶華の目を塞いでいた。

「伝説さんは逃がしちったけど、まぁご挨拶ってことで後に回すかね。」

 忍刀を振って血を払い、肩を忍刀で軽く叩いた。

 眺めていた入隊候補者はこれが此処の忍隊の長という者の強さなのかと心に稲妻が走った。

 そんな入隊候補者を猫のように笑んで目を合わせ、言った。

「見惚れてたら死ぬよ?」

 この一言が入隊候補者の中に『絶対入隊試験合格してやる!』という気持ちとやる気を満たさせたのだった。

 小助は、またか、と思いながらも確かに見惚れていたのだから苦笑ものだ。

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