第89話異動して、それを見たくて

「それなら簡単でしょう?」

 蝶華は柔らかに笑んだ。

「武雷家の者が主になる、それが夜影の決まりなのでしょう?」

 どちらかというと、軸にするのは逆だが、まぁいっそのことどうでもいい。

「それがどうしたのだ?」

「我が子は武雷の者ではないの?」

「いや、武雷家の者ではあるが…?」

 六郎には蝶華の言いたい事が察せない。

 何故それが今関係あるというのか。

「夜影、今貴方が抱いている我が子が、これより貴方の主よ。」

「若様…が?」

「な、何を言っておる!まだ梵丸ボンマルは、」

 主が慌ててそう言い返す。

「元はと言えば、貴方が悪いのでしょう?夜影に合わなくて、夜影を困らせた貴方が!」

 蝶華は頬を膨らませてそう言い返す。

 どうやら蝶華の中では夜影が中心に事が回っているらしい。

「それにね、書物を読んだら面白い事が書かれていたのよ。」

 その手に抱えられている書物に、夜影はそれが何を描いたものかを直ぐに察して真っ青になった。

「『成政主従』よ!」

 やはり!

 そう思ったが素早い行動を。

「蝶華様!その書物はいったい何処から!?」

「忍さんが持っていたのだけれど、これに夜影が従者として、」

「知っております!そのようなものを、その、ような、ものを…。」

 夜影は奪い取れない相手であることを恨んだ。

 読むな、とも言えない。

 なんと恥ずかしいことか。

 それの内容には夜影にとっては触れて欲しくないことが多く語られている。

 勿論、夜影も読んでこれは黒歴史かと叫びたくなるくらいだ。

「ふふ、夜影は恥ずかしがり屋さんなのねぇ?」

 からかうように言われる。

「お願いしますから、どうか、それは…。」

「何が書いておったのだ?夜影がそんなに恥ずかしがるようなものか?」

 若様を降ろし、膝をついて両手で顔を覆った。

 誰だ、あれを蝶華様に渡した部下は!!

「夜影が可愛らしいのよ~。それにね、夜影は主と幼い頃から一緒にいるの。」

「うぅ…やめてください…そのような、ものを…どうか、どうか…。」

 両手を組んで祈るくらいには、勘弁して欲しい。

「蝶華、夜影が祈り始めたぞ?よいのか?」

 夜影を指差して六郎は言うが、蝶華は聞いてもいない。

「冷たい夜影がだんだん、絆されていくところが好きなのだけれどね。」

「蝶華?それとこれとは話がまったく…。」

「夜影が主を育てたと言っても過言じゃないのよ!読めばわかるわ!」

 六郎に書物を押し付けるを目の当たりにして、夜影は切腹をし自害する計画が頭を過ぎった。

「六郎様!それを、」

「ほう、夜影はこのような、」

「何故お読みになるのですか…誰だあれを書いた輩は……誰だ蝶華様に渡した部下は………誰だ…。」

 頭を抱えて唸る。

「なるほどな。だいたいはわかった。確かに任せてもよいかもしれん。」

 六郎は流石に夜影が可哀想になってきたので途中で書物を閉じた。

 だが、持っておく。

「ね?ね?そうでしょう!それに私これを見てみたいのよ!それにまだ梵丸はこんなに小さいの。だからね、きっと夜影が面白い、」

 蝶華ははしゃいでそう言い始める。

「実験ですか!?玩具でしょうか!?本気にならないで貰えますかね!?人様のお子を育てるのが忍にとってどれだけ、どれだけ!!大変か!!」

 夜影が勢いよく身を起こしわなわな震えながら、目を見開き遮った。

 若様が両手を伸ばして夜影の膝に触れる。

「あー?」

 その声に夜影は我に返り見下ろした。

「嗚呼、大丈夫ですよ。怒ってません。」

「うー!」

 表情を笑みに一転させて、若様に話かける。

 それを見て蝶華かはにやにやと笑った。

「な、なんですか。その、笑みは。」

「いいえ?夜影のそういうところが面白くて。」

 なんと言い返そうか、夜影は若様を抱き上げながら、溜め息をついた。

 きっと、若様が大きく成長するまでは、こうしてからかわれるに違いない。

「あまり忍で遊ばないで下さいよ…。」

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