第84話まさに之と
「どうだ?」
伺うように小首を傾げた主を前に、短刀を両手に抱える夜影は、不思議そうにそれを見つめている。
「如何なさったのです?このような、ものを。」
まさか自分に贈られた物だとは思えず。
それを主はお前に贈り物だと告げれば目を見開いた。
そして瞬時に試す目に変わった。
主はその様を眺めてみる。
ひとしきり鞘に収まったままの状態を様々な角度から見つめると、ゆるりとその刃を鞘から抜いた。
その刃をまた暫しじぃっと見つめる。
そして何を思うたか、口の端が吊りあがった。
静かに鞘に収めると、木箱に元通りに戻す。
「このような上等な短刀、頂いてもよろしいのですか?」
恐ろしげに確認してくるものだから、もう一度そうだということを告げてやる。
すると両手をついて深々と頭を下げて、礼を言うた。
距離感がさらに遠くなったような畏まりに、主は微妙な気持ちになった。
しかも、これは喜んでいるのかおらぬのか、また微妙な。
「他が良かったか?」
そう問い掛けるときょとんとした顔をした後に、木箱に片手を添えた。
「このような素晴らしい刃を頂いておりながら他なぞ、そんな、ありえません。」
気を遣われているような気分だ。
ならば、こうだ。
表情をあまり動かさない夜影に思い切って問い掛ける。
「夜影の好みがいまいちわからぬのでな。短刀を贈ったが、流石に好みではなかろ?」
主の言葉に目を見開いて、ふるふると首を振った。
「何をご冗談を。これの他に何があるとおっしゃるおつもりで?」
再び木箱から短刀を手に取り鞘から引き抜くと、刃を主に見せるように目線の高さに浮かす。
「この美しく鋭い刃、斬れ味は、もう、試さずとも察せられます。これが皮膚をぷつりと斬り込む姿、肌の上を滑れば、嗚呼、たまりません。それだというに、何故他があると?」
うっとりとした様子でそう興奮しておるのだろう魅力を口早に語る。
まさか、鋭利が好みだったとは。
夜影の方は、この刃にぞくぞくとして早くこれで人を斬ってみたいものだとさえ思っている。
そうだ、昔から、そう、子忍の時よりこういった刃物に関するとなると目がない。
同じような刃を並べられて、どれが一等斬れるかを問われた時、一度も間違うことは無かった。
「夜影は、刃物を好むのだな。」
「どうでしょうね。刃物というよりも鋭利で危うい斬れ味ある物であれば刃物でなくとも…。」
未だにうっとりとそれを眺めている。
舌舐めずりまでして、なんとも恐ろしい。
刃物よりもそれを使いこなそうという夜影の方が危ういではないか。
「刃物でないもの?」
「主の目も、時に鋭利でぞくぞく致します。それを一等、好いておりますれば。」
まるで至福のひとときを過ごしているかのように、うっとりとした目のままにふんわりと笑んだ。
こんな表情をするなんて思わなかった。
それどころか、初めて目にする。
嗚呼、真に好いておるのだな…と少々引いてしまった。
これが、忍というものなのか、それとも夜影に限定されるものなのか、主にはわからなかったが。
それを天井裏から覗き見をしていた才造は、成程と思うた。
それと同時に、その笑みにざわつく内心を感じていた。
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