第82話その目を光らせて

 月のない夜を歩いていた。

 まったく道さえ見えない暗闇に途方に暮れた。

「どうしたもんだか…。」

 そう呟いた時に口笛が短く鳴いた。

 まるで、『此方を見ろ』とでも言うかのように。

 それに釣られて其方を見る。

「こんな闇夜にお散歩かい?」

 きっとそこに居るんだろう。

 気配も姿も無いが、声は確かに在った。

「そう思えるか?」

 呆れた風に応答を。

 すると笑う声。

「あんた、金は持ってんだろうね?」

 ひっくり返した穏やかでもない言葉。

 まさか、山賊でもあるまいし。

「金目当てか?」

 警戒してそう問う。

「案内してやろうかって言ってんのさ。無料ただじゃぁ、片目しか使わせてやらないけど。」

 夜目が利く奴、なんだろう。

 そしてこの土地勘もある。

 利用してやりたいものだ。

「なら、片目だけ借りようか。」

 言葉遊びだろう、そう返せばまた笑った。

 そして足音も立てないできっと、近付いた。

「安心しな。取って食いやしないよ。」

 耳元で囁く声。

 さっきまで、向こうに、そう、こんな近くじゃなかったのに。

 驚いて振り返るも見えない。

「言った傍からそう怖がりなさんな。」

 その声はまた離れた。

 その方目を向けるも見えない。

 狐に化かされているのか?

「ほぉら、あんたにこの片目、使わせてやる。」

 そこに浮かぶ赤。

 確かに片目だとわかる。

 その赤が光って、顔さえわかる。

 女か、男かさえ声どころか顔も察せさせないのか。

 笑んだままに、その目で此方を見つめる。

 だが、その赤い目で照らせるほど闇は弱くない。

 精々、顔がわかる程度の光に過ぎない。

 それでどうやって道を見ろというのか。

「今回は代金は取らないけど、次は取るよ。」

『着いて来い』という言葉を暗黙に示す。

 結局道案内するんじゃないか。

 どうやら此奴と会話する時は、暗黙をすくいとってやらないといけないらしい。

「もし、儂が『片目』と答えなかったら、金を取っていたのか?」

 その目を頼りに着いて行けば、着くんだろうという確信が何の根拠も持たずに心に現れて、不安を捨て、安心感を拾い上げた。

「まさか。金どころか、その首を頂戴してたとこさ。」

 冗談なのか本気なのかよくわからない。

 命拾いした、と思っておこうか。

「お前の目はこの暗闇だと目立つな。」

 思ったことをそのままに言う。

 気分を害すことでもないだろうからだ。

「それがいいんじゃないの。この目は一等役に立つ。」

『お前の目よりは』と言われた気分だ。

 察するというより、これは半強制的に暗黙の意味を感じさせられているような感覚なのだと気付いた。

「『次は』と言ったな?次は目を最初から開いておれ。儂から見つけてやる。」

「素人には無理さ。たとえこの目を開いておこうとも、たとえ道の真ん中に立っていようとも。」

 笑ってそう答えられれば、いよいよこの者の正体が二つになった。

「儂がもう此処を通ることは無い、とでも申すか?」

「いんや。あんたはまだ死なない。ただ、こちとらがわざと見つかってやんなきゃ、見つけられないってだけ。」

 意味を問う必要もないが、まさか生死にまで一言添えられるとは思わなかった。

『まだ死なない』と予想するのか。

 正体は二つ。

 どちらが正解だ?

「人間様は慢心だよ。そこに在るモノ全て見つけられるって思い込んでんだから。」

 その言い方が、人を別から見ているようで正体が一つになった。

 そう、この者は。

 この赤い目といい、それといい。

「さぁ、お客様。お入り下さい。武雷に御用でしょう?」

 嗚呼、目的地まで見透かされて御丁寧に。

 礼を言うと不敵に笑んで赤は消えた。

 それきり、声はしなかった。


「先程道案内をしてくれた者がおったのだが。赤い片目に不思議な奴でな。」

「あぁ、それは某の忍だ。心配するでないわ。」

 妖だと思うたが、どうやら外れか。

 忍と迷うたのだが、ううむ、なんとも言えない目だった。

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