第79話不信感

「夜影は何も知らぬのだな?」

 僅かな不信感を消し去りたく、そう問い掛けた。

 あの火傷は何処へやら、痕さえ残さず綺麗に消えている。

 焼けた喉で声を出そうとして、一度顔をしかめたが、咳払いを一つして顔を上げた。

「疑い、を…掛けられ、るのは…っ…ふぅ…心外、でもありません、が。」

 いくら外側は火傷が見えぬといっても、どうやら喉の痛みはそこにあるようだ。

 無理矢理に声を出していることがようわかる。

 出来るならば、喋らせない方がよいのだろう。

「放火、で間違いなき…と、判断…なさった、のですね?」

 確かめるようにそう問い返される。

 そもそもそこだ。

 放火なのか否かさえわかっていない。

 それだというのに、夜影を疑うなぞ。

「すまぬ。わからぬのだが、夜影ならば何か見ておらぬかと思うてな。」

 夜影は喉に手を添えて大きく息を吐いた。

 溜め息ではないようで、それを二度繰り返した。

「見ておれば、部下を…働かせて、おります。」

 声が出にくいのだろう。

 舌打ちでもしたがるようだ。

 才造が後ろから夜影の口を片手で覆った。

 喋るな、と言いたげだ。

 それに素直に従うように夜影は身を横たわらせて目を閉じた。

 すぅ、と息を吸ってまだぐったりとしている。

 そうだ、無理をさせては…。

「既に部下を原因特定に働かせております。あまり、喋らせると声さえ出せなくなります。」

 才造がそういいながら、夜影の閉じられた両目を片手で覆い隠す。

「体力もかなり奪われております故、回復するまでは、お控えを。」

「うむ。すまぬな。」

 すっと手を退かせば夜影を静かな寝息をたてて、眠りに落ちていた。

 不思議だ。

 いとも容易く夜影を眠らせることが出来るなぞ。

 起こしてはならぬな。


 夜影の傷が消えたことが偽りであったと知ったのは、それから数日が過ぎたあとだった。

 この火事はやはり放火であったこと、そしてその犯人となる者は既に焼け焦げた死体と化していたこと。

 そしてそれが敵軍の忍であったことがわかった。

 夜影の回復は早かった。

 何故、夜影の傷といい喉の内といい、腕といいそうも驚異的な速さで治るのか、または消えるのか不思議である。

 きっとあの影が原因なのだろうが。


 夜影はあの火事の光景を思い浮かべて顔をしかめていた。

 自身でも説明が出来ない影の力か何かで傷ぐらいは全て消すことは出来た。

 あの時確かに冷静さを欠いていた。

 勿論、だからといって出すべき指示を間違うことはない。

 それでも異常に焦りが混じっていたのを覚えている。

 やはり、記憶が邪魔をするのか。

「輪丸……あんたを恨むよ…。」

 そう呟いた。

 それを主は聞き取ってしまった。

 夜影が口にする名はだいたい過去の主であるのに、その言い方から察するにそうではない人物の名であろうに、なんとまた珍しい。

「夜影、其奴はお前のなんなのだ?」

 そう問い掛けた時、その目が鋭く怒気を持ってこの目を射貫いた。

 一瞬だったが、ぞくりと恐怖に息が詰まる。

「さぁて、何だろうねぇ?」

 いつもはそんな口調もしないのに、答える気がないということを憎たらしげに告げた。

 そんなにも、夜影を乱す人物なのであろうか。

 触れてはならぬものなのかもしれぬ。

 夜影は腕を組んで真っ直ぐと外を見つめる。

 真剣な眼差しで、何か深く思考を巡らせるように。

 問い掛けても、口の硬い忍だ。

 答えるわけがない。

 距離は一向に縮まらない。

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