第78話火柱を疑ひて

 この熱さに恐れは無かった。

 いつか見た火柱に屈するほど、馬鹿じゃなかった。

 ただ、冷静では無かったかもしれない。

「走れッッッ!!!煙は吸うなッッッ!!!」

 怒鳴り指示を荒々しく部下に飛ばしながら、逃げ惑う人間様に向こうへ逃げろと指差しては背中を押した。

 どうしてだろうか、放火だろうか?

 誰かの手が滑ったのだろうか?

 火の粉を手で払い除けた。

「夜影は!?蝶華は!?」

「いいからあんたは逃げろ!!」

 無礼にもこの緊急事態だ。

 あとで好きなだけ殴ってくれていい。

「しかし!!」

「いいから行けッ!!他人に構ってちゃあんたが死ぬ!!!!」

 その背中を強く押して才造にその腕を掴ませた。

 蝶華の姿を見ていない。

 火の中を駆け抜けた。

 その部屋には気を失った蝶華が倒れている。

 それを担ぎあげて、煙を吸ってしまいながらも、まだ大丈夫だと確信はしていた。

 この際何処にだっていい。

 逃れることが出来るのであれば。

 担いだまま飛び降りて、瓦の上を滑った。

 馬鹿みたいだ。

 馬鹿みたいじゃないか!

 地に足を着ければ駆け寄ってくる部下に蝶華を預け、主の元へ行くように指示を出した。

 それからまた走り戻るのだ。

 黒い煙は馴染みがあるように思えるくらい、影と似ていた。

 迫る火にいちいち怯える間すら無かった。

「何処にッ!?」

 病に身を鈍らせているはずのあれは何処にいる!?

 焦るな。

 落ち着け。

 影から潜り込んで辿り着けば、意識が朦朧としているのが見えた。

「冗談じゃないよ!!死なないでよね!!!」

 これまた担ぎあげた時に、逃げ道を火に奪われた事に迷いを持った。

 だが、どうこうしてる内にこのままでは自分は兎も角これが死ぬ。

ァッ!!!」

 壁をぶっ壊し、外へ飛び降りた。

 着地なんて考えてない。

 才造が構えているのに気付き、泣きそうになった。

 馬鹿みたいじゃないかッ!

 才造へ目掛けこれを落とし、自分は体勢を崩したままに水に落ちた。

 水飛沫を上げて、沈んだ先は水中で、底を蹴って水面に上がる。

 顔を出せば、才造がしっかりと受け止めているのに安堵したが、違和感に気付いた。

 若様……?

 見ていない。

 あの幼きお子が、逃げられるのか?

 否ッ!!

「夜影っ!」

「才造はそれを主の元へ!!そのまま避難!!」

「お前はどうするつもりだ!?」

「飛んで火に入る夏の虫ってやつ?」

 冗談じゃない笑みを浮かべて焼ける城へ身を飛ばした夜影に、才造はぞっとした。

 その笑みが、自虐的であったのと、自分の身に自覚が無いのであろう、既に重傷であることも。

 常冷静である夜影があぁも乱れるのには、故がある筈だ。

 それにしては上等な事運びをしているが。

 壁をぶっ壊して中に入り、火の中を駆け抜けた。

 泣き声がするのをこの四つ耳は捉える。

 そこに蹲るややこを抱き上げた時、絶望した。

 もう、どうとも逃げられない。

 そう感じた。

 天井が崩れてくるのを避けても、もう、長くは持たないだろうし、最早四方八方火に塞がれて、それをこれ以上走り抜けることはややこを焼き殺すのと同じ。

 迷う。

 どうすべきかわからなくなった。

 迷う。

 どう逃れればよいのか一切答えが出ない。

 あの時の火柱が迫り来る。

 息が苦しくなっていく。

 泣く声がさらに夜影を追い詰めた。

 両手でしっかりと抱きかかえて、決心する。

 ややこが死ぬかもしれない。

 それでも、他にない。

 どうか、耐えて…。

「水影の術!!」

 僅かでも、僅かであっても!


 崩れていく城に、主はもう終わりかと思った。

 我が子はきっとあの城の中で泣いている。

 それを助け出す術はない。

 蝶華が意識を取り戻し、同じくそう絶望していた。

 そんな時、崩れる城の中から鳥のように黒い何かが飛び立った。

 それが、落ちてくる。

 まさか、と思うて受け止めようと両手を広げればすとんとこの両手に収まるものが落ちてきた。

 泣き声を上げて我が生を叫ぶ我が子であった。

 遅れて黒い何かが、後ろの方で落ちた。

 振り返ると酷い火傷を負った夜影が倒れている。

 ひゅぅ、ひゅぅと空回りな呼吸を繰り返しまだ生きていることを告げている。

 動こうとするも立ち上がることは愚か、上半身を持ち上げることさえ出来ない状態であった。

 駆け寄るが、どうしてやればよいのだろう。

 その目が此方を見て、確かに安堵した。

 そして、もう、動こうとするのをやめてそのままぐったりと目も閉じる。

 呼吸が徐々に落ちていくのに気付く。

「意識を保て!!死ぬぞ!!」

 才造がそう叫び、夜影を抱き起こす。

 そして、部下を呼び寄せて応急処置に入った。

「ぁ……。」

 掠れた声で何かを言おうとする夜影は目を僅かだが開けている。

「喋るんじゃねぇ!!!意識だけ持っとけ!!!」

 意識を失えば夜影がそのまま死を受け入れ息絶えるとわかっているからこそ、無茶であってもそう言うしかなかった。

 それでもそんな無茶にでさえ応えるように、夜影は息を諦めることをせず、朦朧としながらでも目を開けていた。

 応急処置が終われば、移動させられ寝かせられる夜影に寄る。

「夜影…、すまぬ…。」

 しかし、夜影にはもう意識は無かった。

 応急処置が終わってすぐに意識を手放したのだ。

 何故、ここまで酷い火事が起こったのだろうか。

 少し前に夜影が隠していたことが頭を過ぎる。

 いや、しかし、それを企んでおいてこうも死にかけるようなことをせぬであろう。

 では、何故?

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