第76話ややこ

「おお!!見よ!!」

 興奮した様子で喜びを表現しながら、主が見つめた先へ夜影は振り向いた。

 そこには四つん這いでややこが前へ前へとゆっくり進もうとする姿があった。

 これを人間様は可愛らしいなどと言うが、夜影にはまだ理解出来ない域である。

 他人のややこが可愛いと言うにはまず、自分が産んでからなのだろうか?

 そんなことを一瞬に思ったが、直ぐに捨てておいた。

「ほら!こっちだ!こっちにこい!」

 嬉しそうだ。

 そりゃぁ、父上様、になったんだからなぁ。

 ゆるりとその声に応援されてか、こちら側へ一生懸命に進む。

 だがしかし、途中までは良かった。

「あぅ。」

 ややこが到着したのは、主の方ではなく、夜影の膝であった。

 夜影は僅か主の様子を伺う。

 物凄い形相だが、見て見ぬふりを決め込んだ。

「あ!うー!」

 手を伸ばしてくるものだから、その手に手を差し出す。

 するとその手を握ってくる。

 なんとも言えない。

 どうしてやるが正解なんだろうか?

 主的には。

「何故だ!?何故夜影なのだ!?可笑しかろう!!」

 ですよねー。

 ややこを抱き上げて主の方へ顔を向けさせ再び同じように進んでくれないものかと試す。

 二度目でも、主の方にさえ行けば。

 しかし、主には目もくれずすぐに体の向きを変えて夜影の膝に戻った。

 夜影は片手で顔を覆い、唸る。

 自分は忍。

 ややこに、それも国主のややこに好かれては……。

「嗚呼、えっと…。」

 迷う。

 ややこを片手で褒めてやりながら、さて、この主をどうしてやればいいものか。


「何故夜影なのだ!?」

「知りませんよ。私は悪う御座いませんからね。」

 まだ根に持ってんのか、このお人様は。

 忍よりも抱く回数が少ないからでは?

 忍よりも構う時間が少ないからでは?

 忙しさを理由に。

 取り敢えず、こちとらは悪くない!

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