第74話好きだもの

「夜影が好きな物は何だ?」

「主。」

 涼しい顔で即答するが、それには手が緩みふみが床へと落ちた。

 文に書かれた内容は、一瞬だけ見た夜影には十分過ぎるほどに簡単なお話で。

「偽るでない。」

 主がそう疑うのも無理はない。

 好いておるならば、それらしい態度をして欲しいものだ。

「好いておりますとも。そのまなこ、そのお表情かお、それはもう。」

 夜影の口がそう答えながら笑んだ。

 ありえぬ、と言いかけて止めた。

 偽っておらぬことは今これでわかった。

「一等好いておりますは、戦場のれ。ぞくぞくとするそれはまさに雷鳴のごとし。はぁ、其れが此方こちらに向かぬのが惜しい程で、敵方が羨ましく思えついつい派手に殺し、」

「もういぞ!」

 うっとりとした顔をして、語り始めるあたりがもう、偽りのはずがなきことを示しておる。

 たまらない、と珍しい一言さえ零しおって。

 語りの結末が察するところ、悲惨な風景しか浮かばぬものだから止めておいた。

「しかし、意外だな。」

「誰も、六郎様であるとは申しておりませんがね。」

 冷たくなってそう言を付け足すと、目を顔ごとそらした。

 それにはいらときた。

「お前はまことに…、もう良い。で、他には?」

「さぁ……何を好みましょうか。仕事でしょうか、それとも動物でしょうか。」

 先程の興奮は冷めきったようだ。

 どうでもいい、と言いたげに適当な声をして答えた。

 無い、のか?

「あるだろう?」

「ではこれこそ偽りましょうか。八重桜の散り際、とでも?」

 満足しろ、と乱暴に言葉を並べられた気分になる。

 勿論、言い方も薄っぺらく平坦で。

 主のそれ以外興味が無いのか、お前という者は。

「ならば、それがしの良いところを述べてみよ。」

「尽きませんねぇ。」

 考え込むように片手を口元に添え、眉を寄せた。

 それは偽りか真かわからぬぞ?

はよう申せ。」

「お強いことは勿論、騎馬も容易く乗りこなし、お顔は上の中あたり、お心もしっかとしており、政務も手を抜くこと無く、中忍あたりならば使いこなせ、お声はよう通りますし、言うことは無いでしょう。多分。」

 最後の『多分』とはなんだ、『多分』とは!?

 しかし案外容易に答えるものだな。

 そう思っておったのか。

「見事にけなしつつ褒めたな、夜影。」

 才造の言葉に、夜影を睨めばそっぽを向いておる。

「気付かねば褒め言葉、気付くのであれば貶し言葉。そうだろう?夜影?」

 才造がさらに夜影を刺したが、そっぽを向いたまま知らん顔。

「夜影、罰が必要か?」

 そう問い掛ければ大袈裟に溜め息をつきやがった。

「たかが知れておりますれば。」

 ならばやってみろ、と言いたげだ。

 此奴……ッ!!

「減給だ!!」

「っ、そうですか。」

 一瞬、躊躇ためらうような反応をした。

 それでも貫くその態度。

「ほう?今月は給料は要らぬな?」

「…………ッ。」

 険しい顔をしおってからに、なんなのだ此奴こやつは給料でしか止められぬというのか!?

「ならば今月は、」

 働かぬとでも言うのか?

「長期任務に出、来月戻ります。」

 予想を越え、働くなどと。

 いや、そうか。

「行こうがそれは給料に入らぬぞ?」

「………。それが何か?」

 珍しく詰まる夜影に少々愉快になる。

 ならばもっと虐めてやろう。

 今までの仕返しだ。

「そうだな。今月を入れ三ヶ月は給料無しだな!」

 ひく、と夜影の顔が引きつった。

 そして考え込み始める。

 指折り何かを数え、目を細めてから顔を上げた。

「問題ありません。三ヶ月、ならば。」

 ぎりぎり問題ない、という風だ。

 手持ちを考えて先まで大丈夫なのか、を計算しておったのか。

 これは面白い。

「ならば4ヶ月は?」

「……っ、主がタダ働きさせたいというのであれば一向に構いません。いくらでも。」

 どうやら働かない、という選択肢が毛頭ないようだ。

 苦しくないのだろうか、それは。

「流石にそれは…。」

「構いません。」

 才造が止めに入ろうとしたはそれさえこれには躊躇なく断ち切った。

 言うた此方が不安だ。

 仕事をせぬ性格でも、手を抜く性格でもなかろうに。

「夜影……謝れば給料は戻るぞ。」

「いえ、お構いなく。タダ働きでも構いません。何度も言いますよ?」

 意地なのか、それは。

 というかそれだけ謝りたくないのだな、お前は。

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