第71話時過ぎて

「頼むわね。」

「うむ!」

 小さな小さな命を抱いて、見送った。

 しばらくするとそれは泣き始める。

 どうしてよいのかわからぬ。

「よ、夜影!!」

「此処に。」

 呼べば素早く現れるのが救いもの。

 どうすればよいのかとわたわたとする主を察して、夜影は目を閉じて溜め息をついた。

「腹を空かせているのでしょう。」

「だが、それがしは乳をやれぬぞ!?あぁ!夜影は女子おなごであったな?」

「お断り致します。忍のものなぞ毒でしょうから。」

「しかしだな!!」

 夜影は慌てて混乱までする主からそっと赤ん坊を片手で抱き取った。

「後悔しないでくださいね。」

「う、うむ!」

 夜影はまるで母親のように慣れたように乳をやる。

 それで泣き止んだ。

 夜影は自分の乳に毒がないことを知っている。

 むしろ、飲めば後に毒に強くなるのだと知っている。

 忍の子にしかやらなかったが、この際仕方が無い。

 主のせいである。

 終えれば主に返す。

「二度目はありませんよ。」

「うむ!かたじけない!!」

 だが、これで終わらなかった。

 今度は主の腕に戻った瞬間泣き始めるのだ。

 主は慌てて夜影に戻すし、夜影はつい受け取ってしまう。

 夜影が抱けば、それは止んだ。

「あの…。」

「何故、某ではならぬのだ!?」

「このままでは仕事が…。」


 それを聞いた蝶華は、思わず笑ってしまった。

 今や蝶華によって抱かれているが。

「申し訳御座いません。」

「毒はないのでしょう?」

「毒があるならば飲ませておりません。」

「ならいいじゃない。」

 そんなことが二度も三度もあることが無いようにと願うしかないのであった。

 それにしても、主はまったく困ったお人様である。

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