第69話合間とさらに支度

 支度をさせて逃げるように天井裏に忍ぶ。

「本当、人が悪いよ、あのお人様は…。忍に何させてんだか。なーにが伝統よ……。こちとらの身にもなれっての!」

 目隠しを外して溜め息をつく。

 そんな忍を見兼ねて部下は苦笑した。

「しかし、断れますまい。」

「あんたが化けても気付かれそうだねぇ?」

蝶華チョウカ様の御支度は…。」

「えー、いっつも休めっていうくせにぃ?こういう時は休ませないんだぁ?」

 頬を膨らませて、つぅっと顔を上に上げ、見下ろすように視線を部下に落とす。

 わざとであると知っていながら、楽しむ他はなく。

「終えたあと、存分にお休みになられよ。」

「あっは、あんたも言うようになったねぇ、見ない内に。」

 ご機嫌でそう猫のように愛らしく笑うとその場から姿を消すのだ。

 部下はただ、おさの変わらぬ様子に笑んでしまうだけで。


「失礼致します。」

「あら、夜影。その木箱に入っているのね?」

「白のゆえを知っておられますか?」

 試すように夜影は木箱のふたを丁寧に開けながら問い掛けた。

 蝶華もまた笑う。

「『貴方の色に染まる為』、でしょう?覚えているわよ。武雷たけらい家の伝統でしょう?」

 蝶華は式で言うべき台詞を、覚えられているのか確かめられているのに直ぐに気付いた。

「では、」

「大丈夫よ。全部覚えているわ。」

「…では、時を急かせ参りましょう。」

 夜影の上手い言の葉に蝶華はまた笑うた。

 優秀な忍と聞いていたが、気の利く忍でもあるのだと知る。


 蝶華の支度が済めば己の支度だ。

「本当、仕事でもないのに着込みたくはないんだけどねぇ…いや、仕事か…。」

 溜め息をつきつつも素早く着替えを済ませる。

 鏡の前に座り、化粧を施す。

『目を燃やせ、口端燃やせ。炎上家との繋がり魅せよ。』

 伝統に炎上家の話が盛り込まれているくらいに、互いに仲がいい。

 それに従って目を紅で燃やしてやらなければならない。

 化粧筆で燃えるように描けば、目元もそうだろう。

 そしてさらに口端までも燃やしてやらなければ。

 狐か何かの神様でもやらされてる気分だ。

「忍を着飾らせてどうしようっての、本当に。」

 何色にも染まらない黒を着せながら、そんなおめでたい席で魅せる色じゃないでしょうに。

雷鳴疾駆らいめいしっく、その首手、首に走らせ稲妻いなづま。その身に彩れ我が色を。』

 晒す首それぞれに走らせておけば、満足でしょう。

 我が色といえば赤と黒に蒼ときた。

 手の甲にはいにしえいんを浮かび上がらせなければなるまいに。

「結局、わからず使っちゃってんだよなぁ…この術。」

 左手の甲になんの文字かもわからないそれを描く。

 そして右手の平を上から重ねた。

「さぁて、如何いかがかな?『時ヲ聴ケ』!」

 小さく痛みを感じ、じゅぅぅぅ…と焼き付くような音がした。

 手を退かせば、甲には描いた文字ではなく何かの文様が刻まれていた。

 そして手の平には、文字に見えなくもないそれが刻まれている。

 これを消すのにも面倒があるというのに、させるとは。

 ただ、わかっているのはこれを刻むために唱えた先程の言葉は不十分で、実際は全てを言わなければならないのだろう。

 だがしかし、それ以上を試したこともない。

 故に、やるわけにはいかないのだ。

「きっと、こちとらは知ってて忘れてるだけなんでしょうけど。」

 言葉は覚えていたのだ。

 問題なく全て唱えられる。

 だからきっと、そうだ。

 溜め息一つ。

 だからとて、なんだというのか…。

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