第68話帰宅に支度に…
夜影が戻って来たのは翌日の朝方。
それも血塗れになって荒くも浅い息を繰り返し目は瞳孔をかっ開いていた。
それを初めに目にしてしまったのは、部下でも主でもなく、
「夜影、おいでなさい。」
その手が夜影に触れようとすれば、夜影は飛び退いた。
警戒心でもなければ、嫌悪感でもない。
ただ、血に汚れた己に触れてはならぬと無意識に。
「夜影、手当をしましょう?」
そんな姿にも、そんな様子にも驚かないでゆるりと穏やかな声は笑んだ。
次には主が顔を覗かせて今度こそ
「夜影!?」
そこで才造までもが呼ばれて夜影を無理矢理にでも中へ押し入れることとなった。
才造以外が触れようとすると逃げるので、そこは荒々しくも雑な才造に任せる他はないが。
才造は夜影の様子から、興奮状態にあるのを察する。
それから、主と蝶華に己のみでは手当は難しいことを告げた。
つまり、部下を呼ぶということだ。
しかし、蝶華はそうではなかった。
「なら、私が手伝いましょう。」
「しかし、蝶華様…忍の血は…。」
「知っているわ。毒なのでしょう?夜影が言っていたわ。」
どうやら主と一緒で一度やると言えば曲げないようだ。
才造は夜影を抱き締める形で抱え込み、まずは片腕をと其方に差し出すように持つ。
フーッ、フーッと未だに荒い呼吸で落ち着かない夜影をこうして抑えておくのが一番方法が良い。
蝶華がその腕に触れた瞬間、夜影は大きく抵抗を示す。
それを才造が抱き締めるようにしたまま押さえ込んで夜影の腰に手を回しその身が逃げ出さないように、尚且つ大きく暴れてしまわぬように自由を奪う。
それでも抵抗を続ける夜影の腕を固定するべく主が両手でしっかと掴んでおく。
蝶華が手当を進めていく内に、次第に夜影は諦めるように大人しくなった。
才造に顔を埋めて体の力を抜く。
疲労から、というよりは身を委ねされるがままに、諦めたようにしか見えない。
「はい、出来ましたよ。」
丁寧に手当を終えれば、もう片腕となる。
が、もう抑え込む必要は無いのだろう。
才造が手を緩めても、身を預けたままに一切抵抗しない。
興奮状態から解放されたのだろう。
「落ち着いたようですから、此処からは、」
「いいえ、最後までさせて頂戴。それに、夜影はこのままの方がいいわ。」
うふふ、と笑うのものだからもう一度夜影を見やる。
くてっ、と
『このままの方がいい』という意味がいまいち理解らない。
「無理をしたのだな。身体中傷だらけだぞ。」
それはわかるが…。
普通、この短時間で終わる任務ではない。
本気でも出したのか。
興奮状態にあったということは全力か何かそういう
呼吸も整い、目立つのは怪我くらいになった。
「夜影は休まぬからな。
それもそうか、とその頭を撫でてやる。
さて、祝言を挙げる準備だ。
昼頃になってようやっと夜影も動き始める。
ただ、怪我の事もあり動きは鈍いが。
「あ。」
何かが落ちる音とそれに反応する声が後ろで聞こえた。
「どうした?」
振り返れず作業を続けながら背で問うた。
「落ちた、だけ。」
「何を?」
「腕。」
なんだ、腕か。
祝言に必要な物でも落としたのかと思っ…腕?
「は?」
流石に振り返ればもうそこには夜影はいない。
腕!?
周囲を探すも夜影はおらず、思考ばかりが回る。
聞き間違いか?
それとも、腕とは言ったが意味が違うものなのか?
翌日、朝方主と蝶華を起こし食事をとらせておく。
それから祝言の支度をさせようと夜影は主の方へ向かった。
「夜影?才造ではないのか?」
「才造がこんな支度を出来るのであれば寄越しております。忍が人間様のそのようなことまで出来るとは思わないで下さい。」
そんなことよりも、と夜影は長い綺麗な木箱を丁寧にそこに置いた。
主はこれは何だ?と思いつつ眺めていれば、夜影の手は木箱の蓋をゆるりと開く。
そして薄く白い紙を捲り、主の方へこれまたゆるりと差し出す。
「此方になります。」
そう言われてやっとわかった。
「ほう。」
その中にある物、それは祝言時に着る。
「して、夜影が手伝う気か?」
「何か、問題でも?」
「夜影は
「それが
夜影には、異性であるからといって何が問題なのか、がわからない。
仕事の内の一つとされてしまったのだから、仕方が無いのだ。
ただ、それだけのこと。
「着替えをするに、女子に手伝わせるのは…。」
「ですから、それが何か問題でしょうか?このままでは支度が進まず、蝶華様を待たせることになりましょう。」
唸る主に、面倒だからさっさと大人しく手伝われてろ、とでも言いたげな目が冷たく主の目を射る。
「では、目隠しでも致しましょうか?」
溜め息と共にそう言うが、主からすれば、それは手伝えなくなるのではないか?としか思えない。
それでも夜影は構わず黒い紐を使って目隠しをすると、迷いなく木箱から丁寧に取り出していく。
見えているのではないか、と思うほどに迷いなく間違いなく。
そして、さぁ着ろ、と急かすのだった。
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