第63話お見合い

「はい、出来ました。」

「うむ。」

「何故、私に支度を手伝わせるのですか。」

 溜め息と共にそう言い立ち上がる。

 見合いの支度は整った。

 夜影は腕を組んで我が主を眺める。

「治郎殿が、夜影に任せれば良いと。」

「そうですか…。」

 じぃっと、主を見つめるものだから、何か思うことがあるのかと首を傾げる。

 夜影はただ無表情に、腕を組んだまま立っており、その何かを表してはくれない。

「何かあるか?」

「いいえ。ただ、思ったより上出来でしたから。」

「上出来?」

「自画自賛ですよ。久しぶりでしたからね。」

 ふぅ、と短く息を吐いてから目を他へ移した。

 まるでその物言いは、芸術作品にされた感覚だ。

 鏡を見つけて、そこの前に立って己の全身を見やる。

「おぉ。」

 確かに上出来、かもしれない。

 思わず関心の声が零れてしまうほどに。

「見合いの相手は既に席にて待っております。」

 相手を待たせるな、という風に促される。

 確かにそうだ。

 しかし…。

「お前は来ぬのか?」

「何故、私が主の見合いの席に行かなければならぬのです?ご安心を。近くで護衛を致します。呼べば直ぐにでもお応え致しましょう。ですから。」

 さっさと行け、と睨まれる。

 嗚呼、これはそろそろ行かなければ今度は何と言われるか。

 なんとなく落ち着かないが、仕方ない。


「あら、貴方様が?」

「う、うむ。」

 その声はとても綺麗だった。

 女を相手に話す機会が夜影か女中くらいしか無かった為に、どうもわからぬ。

 話をしつつも、ゆるりと打ち解けていく。

 そして、その瞬間であった。

  金属を弾く音、夜影が苦無を構えて見合い相手の前に姿勢を低くし構えていた。

「あら?どうしたのかしら?」

 穏やかな声は驚かなかった。

「失礼。お怪我は?」

「いいえ、ないわ。」

「何事だ!?」

「片付けます。報告は後に。」

 そのまま影となって消え失せた。

 夜影が弾いた苦無は床に深く刺さったままだ。

 それが敵襲の存在を証明している。

 夜影が弾かなければ危うく怪我を負っていたことだろう。

 見合いはそこで中断しようと周囲が避難を呼びかけたが、夜影がそれを遮った。

「夜影、それで?」

 無言で首の前をその指は斬る真似をして表す。

 そう、『始末した』という表現を。

「そうか。問題ないな?」

「はい。」

 そう答え、夜影が再び去ろうとしたが、腕を引っ張られ引き留められた。

 振り返れば見合い相手が夜影の腕を両手で掴んでいるのだ。

「如何なさいましたか?」

「もう敵はいないのでしょう?」

「はい。」

「お見合いは続けられますわよね?」

「お望みであれば。」

 夜影は即答するが、どうしたらよいか迷うように目は泳いでいた。

 答えに偽りはないが、こうして掴まれ引き留められるとは思ってもいなかったのだ。

 にっこりと笑んでその手を離した。

「では、貴方は此処に居てくださいね。そうしたら、安心でしょう?」

「しかし、忍風情がこのような…。」

「そんなこと言わないで。ね?いいでしょう?」

 今度は主の方へ問い掛ける。

 これは否と答えにくい…。

「う、うむ。そうだな。お主がそう言うのであれば…。」


 そして見合いは続けられた。

 見合い相手の斜め後ろに正座して護衛を続ける夜影は、流石に居づらい。

 だからとて、分身を置いておくというのもまた失礼であろう。

 見合いは順調に進み、付き合うことがこの場で決定したのはまた、驚いたが。

 その間、才造は屋根裏で早く終われと、退屈を忍んでいた。


蝶華チョウカ様がお見えになりましたが。」

「うむ。」

 夜影は見合い相手となったあの蝶華という女の気配を誰よりも早く感じ取り、主へ直ぐに知らせた。

 主は一つ頷いて迎えようと向かう。

「あのお忍さんはどちらへ?」

「夜影か?何か用があるのか?」

「ええ。護衛をしてくださるのでしょう?」

 そう言われて、はて?決まっておったか?と思いながら夜影を呼べば、影より静かに現れる。

「如何なさいましたか?」

「貴方、夜影と言うのね?」

「はい。」

「また護衛をお願いね。」

「あ、主?」

 夜影はどういうことかと主に目をやるが、主も逆にどういうことかと目を返す。

 その様子の蝶華は首を傾げた。

「どうしたのかしら?」

「何故、夜影なのだ?」

「お見合いでも護衛をしてくれていたでしょう?」

 当然だと問い返され、嗚呼、成程と頷いた。

 決まっているわけではないが、まぁ、いいだろう。

「ならば、夜影。」

「はい?」

「今日から、蝶華の護衛を頼むぞ。」

「……御意に。」

 夜影はまた面倒な仕事を任されたとばかりに思っていた。

 しかし、これはもう仕方がないのだ。

 蝶華がそう言うのだから。


 主が用事でいない間、蝶華は夜影と共に一つの部屋で待つ。

 夜影はただ目を閉じ、正座したまま部屋の隅にいる。

 というのも、姿が見えないと蝶華が呼んでしまうからだ。

「夜影は、好きなお方がいるのかしら?」

「……そのような話は、」

「駄目よ、逃げちゃ。」

 その笑顔に目をそらす。

 こういった相手を真面目に受け答えしていたら息が詰まる。

 しかし、崩して失礼をするわけにもいかない。

「おりません。」

「あら、残念。いるのなら応援したかったわ。」

 ただの護衛のはずなのに、何故これの相手をしなければならないのか。

 早く帰ってこないのか、主は。

 ただ屋根裏で済む才造が恨めかしい。

「どうしてしかめっ面なの?笑いましょう?」

 突然近寄られて、思わず身を引く。

 しかし背は壁に直ぐ当たった。

 笑えと言われても…。

「女の子は笑顔が一番なのよ?」

「女…の、子?」

 女だと一発で判断されるのは珍しいことだ。

 男ではないか、とばかり思われてきたのだから驚く。

「あら?男の子だったかしら?」

「い、いえ。」

「でしょう?」

 なんなのだこの人は。

 誰か助けて欲しい。

 どう対処すればいいのか、さっぱりわからない。

「これ、蝶華。夜影を困らすでない。」

「おかえりなさいませ……。」

 帰ってくるのが遅い、とばかり睨む。

「困らせていないわ。夜影に笑いましょう、と言っただけよ?」

 小さく笑ってそう言うが、もうその手は夜影の頬を引っ張って口角を上げようと試みていた。

「ふむ、確かに夜影はあまり笑わぬな。」

 だからとて、まさか一緒になってやろうという気ではあるまいな?

 そう主を睨み上げる。

 主は流石にそれに押されて、目をそらした。

 やっと解放されて、溜め息を隠す。

 勘弁して欲しいのだ。

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