第62話治らずの病も耐え忍べ

「落ち着いて、聞いて下さいね。」

 何か言おうと口を開きかけたこの唇に、夜影の指が止めるように添えられる。

 人差し指に止められて、何も言えなくなった。

「主は死にません。勿論、わたくしも死にません。」

 指が離れる。

 それをいい事にまた口を開くのだ。

「『不治の病』であろう?死ぬのではないか?」

「それは、六、七年で主の話。私ならば主が戦で必死になって六、七年で倒れます。」

 当然だと言うように告げられる。

 のではなく、と。

「主がこれきり大人しいのならあと四年。戦に行こうとも三年は耐えて生きれます。」

 そして告げられる余命。

 重い岩がのしかかるような感覚。

 夜影の死は己のせいで近付いているのだという強い意識と責任感。

 唸る主に夜影は溜め息をついた。

「わかっておったのか?わかっていながら、引き受けたのか?」

「当然です。『不治』の理由は完治に九年かかるゆえ。九年も耐えて生きれる奴がいないので、『不治』であるとされただけですから。」

 そうさらに告げられた事実にまた驚かされた。

 だから夜影は何ともないかのように答えるのか、と頷ける。

 治るには治るがそこまで人は体力が持たない。

 だが、夜影という忍であれば治るまで耐え忍ぶことが可能。

 そうであるならば今この問題は大したことではないのかもしれないのか。

「だから…心配しなさんな、主。」

 まるで今は亡き母上のように優しい声と笑みでそう言う。

 嗚呼ああ、母上もこう言って逝ったのだ。

 その優しさが、主に毒を刺す。

 夜影に抱きついて震える。

 嫌な予想が頭に浮かぶ。

まことであるな!?逝かぬな!?」

「やや子のようですよ、主。」

 頭を撫でられる。

 何故、何故こうも母上と重なるのだ。

 母上も病であった。

 怖い。

 夜影は母上ではないことも、強いこともわかっている。

 それでも恐ろしいのだ。

「主が死ねと言わない限りは、こんな病では逝けません。」


 そして、九年。

 夜影はもう布団の中で横たわってはいなかった。

 それどころか、任務へと日ノ本を右往左往駆け抜けている。

 つまり、病は失せた。

「真であったな。」

「ちゃんと申しましたが?私も主も死なないと。」

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