第58話嫌よ嫌よも好きのうち?

「やはり…お前は好かぬ。」

奇遇きぐうですね。私もあんた様が嫌いです。」

 夜影に言えば、夜影は涼しい顔でそう即答した。

 鍛錬に付き合えと言うて嫌々付き合わせたが、この忍は腹ただしいくらいに避ける、防ぐ、払う。

 そして、攻めぬ…。

「何故だッ!?それがしはそこまで言うとらんだろうッ!!」

「そういう面倒臭い主は嫌いです。蘭丸ランマル様の方が楽でした。」

「それは前の主であろうッ!!関係ないぞ!!!比べるでない!!」

 夜影は食らいついてくる主を鬱陶うっとうしいとばかりに溜め息をつく。

 もう、この、全てが腹ただしい!!

「やぁかし…。」

 言葉の意味は掴めぬがきっと良からぬことだ。

「今、何と申した!!言うてみよ!!」

「お断り致しますー。」

 荒く振り回す刀をひょいひょいと避けられ、気の抜けた声は最早挑発に値する。

「夜影!!主にそのような態度、して良いとでも思うておるのかッ!!!」

「良うないでしょうね。」

「ならば改めぬかぁッ!!!」

「ハッ、なこった。」

 今度は鼻で笑うという始末。

 怒りのままに振り回すもこの刀は当たらない。

 夜影は屋根に登って見下ろすよう冷ややかな目線を主に落とす。

「このッ!!」

 ぐぬぬ、と怒りをどう発散してよいものか思考を巡らしていると、そこへ才造が現れて、夜影へその手を構えた。

 そして。

「あぅ。」

 夜影の後頭部を叩いた。

「長ともあろう忍が何をしている。」

「ハイハイ、申し訳御座いませんでしたー。」

「だからッ!」

 もう一度叩くも今度は声は無かった。

「何度言えばわかる!?」

「そう何度も長の頭を叩きなさんなって。」

 頭を擦りながら痛みはなさそうな声は言う。

 成程そうか、ならば仕方あるまい。

 思いっきり蹴り落としてやろう。

「って、冗談!?」

 そしてその下には笑んだ主が待ち構えておるのだ。

 不味い、と気付けば夜影は空中で素早く身を回転させ手から地へ加速して着地する。

 空中で斬られまいと刀より素早く着地したが、その刀はもう一度を振る。

 飛び退いたがそれは突進を見せてきた。

 焦りが足を動かして、飛べば主の目は忍を見失う。

 そしてその刀の上に着地すれば目を見開いた。

「殺す気かっての……。」

 夜影がそう呟いて腕を組めば、目を輝かせて主は才造に目配せした。

 やっと鍛錬らしいものが現れたのだ。

 そして、ようやっと夜影のその戦う姿を間近で見られる。

 逃しては勿体無いだろう。

 才造はそれを読み取って、夜影へ向けて武器を晒す。

 夜影はそれらを一歩早く読み抜き飛び退いた。

 ぶつかる音も遅れて聞こえるくらいには、忍の速さは目では追えぬ。

 夜影が身を低くし突進へと転じたのも、鍛錬では初めてだ。

 振るった刃は寸で避けられて、逆に刃を伸ばされる。

 それを才造が弾けば、主はもう一度を狙うが、弾かれたのを機に夜影は身を左へ流し獣のように構え直して唸った。

 その目は爛々らんらんとして、猫が獲物を狙うかのようであった。

『猫』…?

 主はそれに気付いて、ではこれは?と刃先を不自然に夜影の前で動かす。

 すると夜影の視線はその刃先を追いかけ始め、身が少し上がり、片手を構えた。

 猫が動くものに釣られてしまうそれと一致する。

 尻尾を振り、飛び付くのと同時に才造は蹴りを入れてやった。

 しかし蹴りはその腕に防がれ、刃を噛んだ夜影はそのまま主から奪うように蹴られた反動を利用してまたさらに左へと身を流し、回転を加えて主はまんまと刀を奪われた。

「ほう。遊ばれても遊ばれたままではないわけか。」

 ペッと刀を吐き捨てて、夜影はシャーッ!と威嚇する。

 影が身を大きく見せるように立ち上る。

「お前は猫か。」

 才造が舌打ちしながらもそう言うたのはあながち間違ってはいないのだろうな。

「やはり某はお前が嫌いだ!」

「こちとらは、結構好きですけどね…。」

 小さな声で呟いたそれに耳を疑う。

「何!?真かッ!?」

 顔を赤らめて主を睨むと夜影は影をさらに広げた。

「じゃぁかしい!!!」

 身を空中へ舞わせたのを眺めてしまった。

 次の瞬間には、夜影のその黒き鋭い爪に引っ掻かれたことだけは才造には関係ないのだ。

 そして部下から、『やぁかし』『じゃぁかしい』の意味が、『うるさい』であることを知らされるのだった。

 方言を使う辺り、どうやら結構慣れてきているようで、気も緩んできている証拠だろう。

 顔に出来た引っ掻き傷は案外深く、笑えたものでは無かったが。

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