第52話影は己か、己は影か
忍の里の
鹿おどしの音が徐々に一定の間を開けて鳴るのではなく、遅くなっている気がした。
「『忍』であるか、『影』であるか。
この長も、意地悪なものだ。
威圧に
それも、面白がるように。
「『己』とは、『影』であり、『影』とは、『忍』である。そう答えたのなら?」
「わかぬな。
睨むような目に、
「そもそも、『己』なぞ、存在はしていない。」
「『影』とは、ではなく。『己』とは、ではなく。『忍』の目であれば、それらが何であったかわかるはず。」
我には到底、言っている意味がわからない。
それでも長は頷く。
「『己』を見るな、『忍』であれ。そう言ったのは
「まさに。」
その瞬間、緊張の糸が切れた。
長が笑い始めたのだ。
「つまり、どういう意味だ?」
そう問えば、長は言う。
「まっこと、言葉遊びじゃ。『影』とは、『夜影』である。ただそれだけのことよ。」
嗚呼、
きっと、この忍は嘘を言うた。
『言葉遊び』に留めて、答えは知らせず。
それに、気付けないのだ。
ならば、仕掛けてやろう。
「我が問うたのは、お前のその影の正体だがな。」
それに長は、目を細める。
対して、忍は舌舐めずりをした。
「これを『言葉遊び』と言うんですよ。」
忍は立ち上がる。
逃げるのか、そう思えば鹿おどしへ向いた。
「影とは、夜影である。この影はこちとらの影。ただ、それだけ。正体をいくら問うてみても、影は影。夜影の一部。どこまで行こうと、『言葉遊び』の
こぉん…と今、やっと鳴った。
長は目を閉じる。
「夜影、最後、問おう。影とは?」
忍は振り返り、笑んだ。
「影とは、己なり。」
そう、そういうことだ。
今までの会話はこの忍の言葉遊び。
我々はそれに付き合うようでいて、実は玩具のように遊ばれていた。
全ての会話に意味なぞなく、意味がわからない方が当たり前であり。
喰われているのだ。
「夜影、この里を出て行け。」
長は立ち上がる。
そして低い声でそう言い放った。
「今すぐ、出て行け。お前の居場所なぞ、尽きたであろう。」
忍は笑う。
声を出さず、妙な笑みで。
「嗚呼、確かに。こちとらは食い尽くした。」
それだけ残して、忍は影となり消え失せた。
静寂が戻ってこようとする。
「何故、追い出すのだ。」
「
「危うい?」
どういうことだ。
何が危ういのか、わからぬ。
「儂では手に負えん。それがようわかる。彼奴が
やはり理解が難しい。
何故、潰されることになるのか。
あの忍が?
「彼奴は、儂を、お前を、『忍』とも、『人』とも見ておらぬ。」
そう言うと静かにこの場を去った。
残された我一人、鹿おどしの音響を聞くのみ。
きっと、もう、今後一切、あの忍とは目を合わせることはないのだろう、と察した。
嗚呼、そうか。
忍にとってしてみれば、我らはもうその程度であったか。
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