第48話逝くのなら 共に逝こうと 猫の声

 あの声が誰のモノであったか、心当たりさえないままに、黒猫と主は戦場へと向かう為、最後の準備へと取り掛かった。

 目を細めれば、騎馬きば足軽あしがるも、そして戦忍いくさしのびおくする様子はない。

 主の声が背を押すからだろうか。

 この戦が死地となるだろうくらいには、敵軍との差は苦しかった。

 だからとて、立ち向かわない性格でもあるまい。

 逝くのなら共に逝こう、とでも言いたげな黒猫の姿が主と共に遠ざかった。

 追い風が、余計に。

 向かい風に変わるのはいつ頃か。

 杞憂きゆうであればいい。


 ただ、戦場で死ぬのが武士というものだ、と聞いた。

 ただ、主の傍で逝くのが伝説の忍だろう、と聞いた。

 それでは、あの黒猫は?

 伝説の忍のように、主の傍で逝くのか。

 何故、己がこのようなことを考えているのか、わからなくなった。

 黒猫が、なんだ。

 たかが黒猫だ。

 主の愛玩動物か、それとも。

 そういうものだろう。

 何故、気にする?

 向かい風に変わった、と気付いたのはその時だった。

「何故、ワシは此処ここに居る?」

 戦忍が、戦場でなく何故。


 あの黒猫は、戦場で飛ばされた主の首を持って帰ると言われている。

 つまり、そうそう易くはない。

 では、黒猫が逝けば主がそれを持って戻るのか。

 それはそれで、人間の気持ち悪さだろう。

 死体を何故、捨て置かない?

 黒猫は、何故?


 戦が終わるまで、延々とこの脳はくだらなく加速した。

 止まらない。

 何がそうさせているのか、よくわからないまま。

 結果を告げる一報がまだなのか、と。

 報告を望むこの身は、まだ此処にある。

 何故、戦場に行けないのか。

 主の命令なのは確か。

 そうではない。

 何故、此処に置くのか。

 溜め息が、さらに深くなる。

 風に運ばれてきそうな、何処かの血の匂いを嗅ごうとする。


 一報がこの耳にようやっと入り込んだ。

 黒猫、主どちらも討たれたとのこと。

 黒猫が主をかばい、逝った後に、主の首は飛んだらしい。

 何故、何故、何故?

 何故、此処に?

「何故、ワシは戦場に行けん!」

 苛立ちが沸き起こり、床を殴りつける。

 嗚呼、行きたかったのか。

 あの黒猫と、共に?

 とんだ変わり者だ。

 それでも。

 それでも、だ。

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