第46話らしくない猫と忍

「副長が猫にほだされてどうする。」

 そう言われつつ猫を肩に乗せて、その目は背景をぼんやりと眺める。

 小言は聞かん、とばかりに。

 代わりに夜影ヨカゲが、にゃぁ、と申し訳なさそうに返答した。

「本体は其方そっちか。」

 春一番の会話である。


 猫じゃらし(犬っころ草(狛の尾の草)と呼ばれるが、猫がじゃれつくことからそう呼ばれることもある。)を夜影の目の前で揺らすくノ一を見かける。

 だが、夜影は無反応で何故か才造サイゾウ苦無くないを咥えて空を見上げている。

 視界に其れが入れば鬱陶うっとうしいというように顔を背ける。

「才造さんに似たのかな。」

 そんな呟きが聞こえた。

 ワシはそんな風に接していたか?

 いや、接し方でなく反応の薄さか?

 それとも、なんだ?

「険しい顔で悩んでいるところ、悪いが、何方どちらを見ての其れだ?」

 指で左を指せば「そうか、何方にせよ真面目に仕事しろ。」と肩を叩かれる。

 それに一度振り返ったが、最早もはや夜影がいることによって忍隊の中の大半はこんな様子である。

「猫より女、か?」

 遅れて先程の問いの理由を察す。

 己はくノ一よりも猫だと思っていたが、そういう部下もいるのか、とくだらない思考は未だに回っていた。

「夜影に勝る奴は居ねぇな。」

「独り言が其れか。才造、今すぐ薬を作れ。いっそ猫と行け。」

 そう言われれば己の立場を思い出す。

 そういえば、副長であった、と。


 夜影が静かにその尾で床を叩いた。

 苛つきを表している。

 才造の目は部下へと向けられた。

 誰一人として、その声を出しはしない。

りんびょうとうしゃかいじんれつざいぜん!」

 この指を組ませ、そう発する。

 其処に潜んだ軒猿のきざるを…。

 其処に上がったのは影だった。

 いや、己のものでは無い。

 では、誰だ?

 シャーッ!!!

「夜影!?」

 この目を見開いた時、血濡れた首が音を床にぶつけて鳴らす。

 遅れてその身は崩れた。

 発した言葉は意味を成さず。

 鶯瓦うぐいすかわらが鳴いた。

 舌打ちがそれに対して鳴った。

 成程なるほど、奇襲を企んだか。

 飛苦無とびくないを投げれば一瞬の姿が過ぎた。

 外したか……。

 すぐそばに偽りを語った忍の腕を掴み、背負い投げで倒し腕を折った。

 それから頭と顎を掴み、それぞれ逆方向へ力を入れる。

 醜い音を上げた。

「夜影、主を頼むぞ。」

 にゃ、と力強く鳴くと姿を眩ませた。

 餌が現れたならば、それに食らいついてやるまでだ。

 食らいついて、骨さえ噛み砕く。

 後悔するか、それとも食らいつき損ねるかの二択だ。


 猫背な才造と、姿勢がやけにい夜影を見ていると、『才造の生力を夜影に吸われて入れ替わってやしないか。』、という笑い話が出来上がるらしい。

 それを聞き、改めて夜影を眺めてみた。

 座る姿は確かにそうだ。

 そんな真面目な顔で猫を見つめている才造を見ていれば、『今までの印象、性格を疑う。』、とまた言われる。

 才造は首を傾げるばかりである。

「夜影…癒せ……。」

 そう夜影を抱き締めて顔をもふもふな腹に埋めれば、癒される才造である。

 代わりに夜影は、そんな才造のされるがままに、才造の頭に片手を置いて遠くを見つめている。

 さて、どちらが?

 そんな風景を見れば、確かに誰でも疑うだろう。

 しかし、主の目の前となればこの二名はよそよそしい。

 お互いに、何かを思うような仕草様子を見せない。

 最初の内は、そうでもなかったはずである。

 いつの間にか、である。

 伝説の忍が主に絆された、というのは聞いた。

 だが、どうやらワシは忍が猫に絆された、という位置らしい。

 なんだろうか、この差は。

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