第45話忍化粧

 指先は己の目元を彩った。

 赤は目を惹い、先を鋭く上に。

 唇に、紅を塗り真似れば、髪を整えた。

才造サイゾウさんがわざわざ出ることでも、」

 振り返ればその目と会う。

 表情を持たないこの顔は、女を演じた。

 嗚呼ああ、それがまた何も感じさせないもので、人形にでもなろうというかのように。

 その息を呑んだ部下は、その口を止めた。

 にゃぁ、と夜影ヨカゲが才造に寄る。

「足らんか?」

 才造のままの声が夜影にかかれば、それには返答を寄越さなかった。

 しかし、夜影は化粧筆をくわえた。

 才造がその身を降ろせば、夜影が化粧を器用に整え始めた。

 不思議な黒猫である。

 其れよりも、此方の方が女の化粧を知っておるなぞ、笑えたものだ。

 筆を離し、満足そうに一つ、にゃ、と鳴いて座った。

 振り向いた才造に部下は頷いた。

 鏡を見やれば、表情を作らずとも其処に表情があるかのように見える。

 錯覚であろうか。

 化粧で苦手を補えたか。


 化粧というのは、様々ある。

 花魁化粧も、忍化粧も、印象を変えてしまう為。

 筆を使わず、指先で塗る。

 細かくは筆が良いのだろうが、どうも好かない。

 喉を鳴らす夜影が背中に現れる。

 そんなに気分がいいのか。

「夜影、主はいいのか?」

 にゃぁ?とわざと問い返す声。

 またか。

 分身は便利らしい。

「今日はどうするつもりだ。」

 にゃぁん

「そうか、主を頼むぞ。」

 指が跳ねた緑を拾う。

 にゃ、と夜影は答えた。

 やっと振り返れば成程と。

 夜影は筆をくわえて待っている。

 大方、己もやろうと思って居残るか。

「来い。」

 大人しく膝の上にまで来れば鏡を傾けてやる。

 筆を落とし、その小さな手を伸ばした。

 それは赤。

 その手で己を彩れるか?

 と、思えば頬にその肉球を押し付けてきた。

「おい……悪戯はよせ。」

 にゃかかかかかかか、と喜び笑うのだから溜め息が出た。

 鏡で見やれば、嗚呼、赤の可愛い猫の肉球が頬に乗っている。

 ひとしきり笑えば今度こそ己を彩り始めた。

 が、どうやら上手くは出来ないようだ。

 にゃ!と短く鳴き此方を見る。

「あぁ…返り血でも浴びたようだな。」

 笑いそうになるのを、抑える。

 ついでに、その頬に指で赤桜を描いてやる。

 鏡で見せればじっ、と眺めてから此方こちらを見た。

 喉を鳴らしながら、怒るように唸る。

 気に入ってしまいつつも、悪戯いたずら返しだということには気付いたのだろう。

「ふ、くっくっくっ。」

 ついには抑えた声が漏れてしまう。

 身を震わせ笑う才造を、部屋の外から眺めている部下らは驚いた目をした。

 才造が笑う姿を初めて見るのだから。

 夜影の目が部下を見たが。

「才造さんが笑っておるな。」

「槍でも降るか?」

「と、いうかいつ彼奴あやつは任務に行くんだ。遊びが過ぎる。」

「あんな奴だっただろうか?」

「放っておこう。代わりにわしが任務に出る。気が済んだ頃を見計らって伝えておけ。」

 夜影の耳は動いた。

 そして、未だ笑う才造の指を甘噛みした。

「黒に映えていいんじゃないか?赤桜あかざくら。」

 にゃぁ!!

 いつまで続くやら

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