第44話意味はなんだ

才造サイゾウさんは、生きる意味を考えたことはありますか?」

 振り返ればそう問われる。

 その口は、不安そうに歪む。

 才造、当時十四の歳。

 問いを寄越した其れは、誰だったか。

「無い。」

 間を残し、そう答えた才造にその目を細めた。

 風が無い、無音となったこの部屋。

 いや、何処からか虫の音が微か鳴く。

 嗚呼ああ、秋か。

 月明かりだけが、この一室を見せる。

 お互いは、向き合いこそ体だけ。

 顔はそれぞれの方を眺めていた。

「生きる意味がわからない。この先、死ぬ癖に何故生きる。」

 才造の目が、鬱陶うっとうしそうに閉じられた。

「何故、意味を求める。」

 才造の脳の中には、伝説の忍が記したとされる書物の内容が浮かんでいた。

 伝説は、必要のない意味を求めない。

 ならば、優れたそれに習うべき己はそれを真似てみよう。

 生きる意味、それを伝説の忍は求めなかった。

「何故、お前は意味を求める。」

 重ねてそう返す。

 何故、お前はそれを欲す?

 沈黙が数分間、虫の音だけに変える。

 そして口を開いたは、才造の方だった。

「意味なぞ要らん。欲すなら、主の為と言え。お前が主を要らんと言うなら、己の為と言っておけ。」

 伝説は言う。

『我が主の為に。』。

 ならば、其れを真似ればいい。

 伝説が求めなかった其れは、既に意味を持っていただけである。

 己は近々主を探す。

 その時、その時でいい。

 今は、要らん。

 今は、己の為と。

「忍が、己の為と言うのか?」

「己の為、だろうが。ならなんだ。今、死ぬか?」

 才造が構えた苦無くないに、その目を見開く。

「この先、死ぬ癖に、と言わなかったか?何故生きるのか、と。ならば死ね。生きるのに意味は必要か?」

『意味がなければ生きられないの?ならば死ぬのに意味がいるのだろうね?なら、生きる意味がないことを死ぬ意味として死ねばいい。』

 伝説の言葉が喉から流れる。

「死なんというなら、それが生きる意味だ。今はそれでいい。気が付けば、意味なんざ幾らでも勝手に出来る。意識するな。」

 苦無を其奴そいつに投げてやる。

 それを受け取る忍も、未熟である。

「死ぬなら死ね。その苦無をお前の血で汚すか、お前以外の血で汚すか。好きにしろ。」

 立ち上がり、この一室に背を向けた。

 その手は、苦無を握り締めた。

「ならば、才造さんのこの苦無を意味にするとしよう。」

「そうか。」

 顔だけ振り向かせてそう返したのが、才造の他の忍へ返す最後の言葉となったのだった。


「クソが。」

 吐き捨てられた言葉は誰にぶつかるのか。

 足元では強く、にゃ、と怒りを表す声が上がった。

 身を屈め、夜影ヨカゲに触れる。

 その毛は血で汚れていた。

 返り血であることは確認出来た。

 さて、どうしたものか。

 潜んだ其れの気配を掴み、苦無を構えた。

 『心頭滅却しんとうめっきゃく火もまた涼し』、またその逆も然り。

 振り返れ。

 其処には何がある?

 この耳には地を蹴った音、この目には苦無を振る忍、この口には次の息。

「久しいだろう?」

 その声に目を細めた。

 土を抉り、鼻にくる匂いに気付いた。

 これは、毒の匂いだろう。

「才造さん…いいや、才造。お前から受け取った苦無、お前の血で汚そう。」

 『覚えているか?』、とワシに問い掛けるように言う。

 嗚呼、ついさっき思い出したんだ。

 お前の殺気でな。

 死ぬ覚悟か、意味か。

 お前に生きる意味を与えたのはワシだ。

 その意味をお前はどう扱う?

 苦無ではない意味は、あったか?

 問い掛けはそのままに消えてゆく。

 その苦無に斬られ、血で汚してやる。

 すんなりと斬られ汚されたことにその目を驚かせた。

 なんだ、その目は。

 苦無をどちらの血で汚すか。

 それが今までの意味だ。

 なら、その意味を達せば、お前は何を意味として生き、そして死ぬ?

 わかるだろう?

 意味、は呪いだ。

 意識をすれば、こうしてこの時まで差し出した。

 夜影がその忍の首に噛み付いて、血を撒いた。

 お前の意味になったのか。

 その千切れた首で何処まで抵抗するつもりだ。

 空気が漏れる音がする。

 呼吸が空回りを必死に続けている。

 風が止まった。

 静けさが余計にその抜けた呼吸を目立たせる。

 見下ろせば、其奴は苦無を握り締めた。

慈悲じひ……か…。」

 その掠れた声は、己の絶える命を更に削った。

 苦無をその手から拾い上げた。

 血以外、汚れはなく綺麗な状態を保っていた。

 阿呆か。

 こんなもん一つ、大事にするのか。

 人になったつもりか。

 息を絶やした忍の心臓に、苦無を深く突き立てた。

冥土めいどの土産に持っていけ。」


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