第43話飛び道具

 忍は飛び道具。

 それも、どの武器よりも面倒で。

 主の刀を手の甲で受ければ、通常なら鳴らない音が弾けた。

 猫はその音に耳を動かす。

 この手の甲には手裏剣がある。

 袋のようになっており、そこに手裏剣を忍ばせ、時には手の甲の盾となり、時には飛び道具として何かを刺すだろう。

 忍が、主を守り、敵を殺すように。

 鍛練と称して、この攻防を続けていた。

 伝説と呼ばれた忍に、名は無い。

 声も、情も…『無』の象徴として。

 だが、それはどうだろうか。

 一時の主を前に、その素顔を晒した忍は笑んでいたと聞く。

 忍隊の中、唯一その忍を知る者はそれを語った。

 『忍らしくなく、しかし誰よりも忍であった。』。

 矛盾を産むのはいつだって人間である。

 だから、信じない。

 伝説は、笑う。

 『無』ではない。

 夜影が、にゃぁ、と鳴く。

「心ここに在らず。」

 主の声に起こされ、目を戻す。

「失礼致した。」

「何を考えておったのだ?」

「少々、伝説の忍の事を。」

「そうか!拙者も会ってみとうござる!」

 伝説の忍の主、成政ナリマサ

 それもまた、どうなのか。

 肩に軽い何かが乗った。

 にゃぁん、という一言が耳に入る。

「お前は伝説の忍を知ってるか?」

 にゃぁ?、という鳴き声が心無しかからかうように聞こえた。

 夜影が近くに来たのは、主がもう休憩と称してこの場を離れたからだ。

 嗚呼、この黒猫はきっと知っている。

才造サイゾウ、非番はいつだったか。」

 そう問われれば、暗黙に入り込んだ内容を察する。

 疲労が酷く回っているのなら、早めに回復を望め……と。

 溜め息を隠せず、その場を離れた。


「猫の言葉がわかればいいのだがな。」

 そんな呟きに、夜影はにゃぁ、と答える。

 夜影にはきっと、人の言葉がわかるのだろう。

 お互いにわかればいい。

「夜影…癒せ……。」

 身を伏せて、そう溜息混じりに手を伸ばす。

 夜影は、にゃぁん、と答えながらまた才造の頭に乗っかるのだ。

 なんとなく、そこで喉を鳴らす夜影に精神的には癒されているような気分になる。

「お前はもう少し乗る場所を考えたらどうだ。」

 にゃ、と短く返事をした夜影は才造の頭の上から動くわけではなく、体を伸ばしてくつろいだ。

 毎回の如く、夜影という黒猫は才造をからかうようにそんなことをする。

 こうなってしまえばまた、動くわけにはいかない才造はそのまま身を伏せたままに唸った。

「ワシの頭がそんなに寝心地良いのか。」

 それには喉を鳴らしたままに、返事はない。

 そこへ、他の忍が来る。

「どういう状況だ。」

 和んでしまいそうな雰囲気ではあるものの、その状態はどうなのか。

 仮にも忍である。

 それが今目の前で猫に乗られて動かないとは。

 無口な才造に代わって夜影が、にゃぁん、と答えた。

 忍は口を抑えて顔をそらせた。

 肩を震わせる様子は、笑っているのだろう。

 仕方が無い。

 なんとなく面白い風景なのだから。

「気が済んだら薬でも作れ。勿論、お前でなく、猫の気が済んだら、だがな。」

 夜影はまた、にゃ、と返答する。

 忍はこの部屋を後にした。

「おい…夜影、薬を作らせろ。」

 にゃ、と夜影は鳴くと、毛繕いを始めた。

 降りる気もなければ、動かせる気もない。

 気が済むのは、いつになるやら。

 暫く、才造はそのままの体勢を保ったまま無言で猫を頭に乗せていた。

 それを見ては笑いを堪える忍と、それを眺めて癒されるくノ一もまた、どうなのだろうか。


 残忍を数えようとする。

 今や才造は副長としてこの場に立っていた。

 長であるあの伝説の肩書きを持った謎の忍が戻って来るまでは、副長でありながらも長と同等のことをこなさなければならない。

 長いこと夜影と名付けた黒猫と共に過ごせば、何を伝えたいのかわかるようになった。

 と、いうがしかし、わかるのはこの黒猫、夜影に限定される。

 他の猫と違うのは、ただそこの三毛猫のように鳴くのではなく、まるで表情というものがあるかのように鳴く。

 今、また。

 にゃぁん、と鳴く。

 それが今度は、溜め息混じりに気付かせるように何かを指す。

 器用に肩に乗って、上から目線な態度で、呆れたように。

 『心ここに在らず。』、と。

 その目が光り、何かを捉えた。

 にゃ、と短く鳴いて才造に知らせる。

 才造の目は気怠そうにその方向を見やる。

 夜影の頭を撫でれ、溜め息をついた。

 そして、片手に粉状の薬を忍ばせる。

 目に前にその忍刀を手に素早く現れた相手に、一切表情を変えることなくその薬を相手に向けてまいた。

 それで動きが鈍るどころか麻痺する。

 それに蹴りを入れれば落下していくのだ。

 冷ややかに下を見下ろし、痙攣する相手を眺めた。

 苦無を首に落ちるように地味に調節してみる。

 手から離せば刺さる。

「暇だ…。」

 どれ、もう一つ…と今度は何処へ刺そうか調節していれば、夜影がその片手で阻止する。

「なんだ。」

 にゃ、にゃ、と怒られた。

 任務中とはいえ、暇なものは暇である。

 飛び道具は飛ばされなければ暇のまま。

 飛び道具は飛び道具として使って貰わなければ、飛び道具として役目を果たせず、飛び道具として死ねない。

 忍が忍として死ぬことが望ましい。

 この猫は、既に猫らしくはない。

 猫として死ぬのか、お前はなんだ。

 目の前で爪を出して構える夜影に、そろそろ真面目に任務を遂行した方が良さそうだと思い始めた。

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