第39話死地が近くに
「主、最期の報告、聞いてくれますか?」
忍が一つ傍で呟いた。
いつもの笑みを持ちながら。
宴を終えた余韻を殺すような言葉だった。
「何を言うておる。」
「死地に行きます。最期の報告を、今、此処で聞いて下さい。」
我儘だと知りながら、忍は顔を上げずにそう言うた。
主が振り返るのを、止めることは出来なかった。
いつの間にか忍の体は、限界の隙間で揺れていたのだった。
知らぬ間に、知らぬ間に、忍が隠してきた傷は、命をすり減らし死期を知らせて、悲鳴のような姿を晒す。
隠してきたはずなのに、今度はそれを晒した。
「あんた様の傍が、こちとらの死に場所でした。」
「ならぬ。」
「あんた様の傍で逝きたかったと、思いますれば。」
「ならぬ!」
「どうやら、あんた様の傍で逝くことは出来そうにありません。」
「ならぬっっ!!!」
忍の言葉に、主は否を叫んだ。
まるで、まるでそれは、あの頃の
首を振って叫ぶ主に、忍は笑うた。
「今まで、有難う御座いました。」
影が立ち上る。
きっと、これからその死地へと行くのだろう。
忍は猫のように、死期に姿を消すのか。
忍を抱き締めて長かった、否、もう短い今までを思い出す。
「逝ってはならぬ!!!」
強く命令を示す言葉に、忍は震えた。
己よりもまだ幼いような、頼りない背中を撫でた。
主の心の臓が波打って忍の胸を鼓動で強く叩く。
泣きそうな声で主は、否ばかりを叫んだ。
「最期の報告になります。」
「言うな!」
「
「言うな!!」
「戦に
「言うなと!!言っておろう!!」
「参戦致します。」
「忍殿っっっ!!」
「申し訳ありません。」
忍の声は変わらなかった。
主は気付いていた。
このまま、言わぬままであっても忍は行くのだろう、と。
そして、見えぬ処で逝くのだろう、と。
今まで隠した弱みを、晒したのは戻って来られないと察したからであろう。
「俺も行く!」
「なりません。」
「行くのだ!!!お前と!お前と、生きて!!帰るのだ!!!!!」
「
主、とは呼ばなかった。
久しぶりに忍が、主の名を呼んだ。
皮肉にも、最期の顔は作られた笑みであった。
忍の影は濃くなった。
もう時は主従を許さない。
「あんた様の忍でいれて、良かったよ。」
忍が囁いた言葉は、主に大きな恐怖を与えた。
消える影を抱き締めて、離さないように、強く。
それでも、その束縛から、忍は冷たく去っていった。
「約束をしたろう…!!!嘘吐きめ!!!何故、共に戦場で生きてはくれぬのだ………。」
我儘はまだ、影から離れられなかった。
「長…。」
「待ってな。来世、戻ってやるさ。」
「我らは、共に、逝ってはならぬのですかっ!」
「ふん、あんたらは主を守ってな。これは、源次郎様とこちとらの、今生最期の戦だ。」
部下を切り離すように、影は激しく飛び立った。
その目は赤と蒼を行き来して、黒を失おうとした。
頭蓋が音を立てて泣く。
「源次郎様。」
「うむ、行けるか。」
「ええ。」
「
「見抜かれてましたか。劣勢ですけど、まぁ、死ぬにはいい戦じゃないですか?」
「ハッハッハッハッハッ!!!そうじゃのう!!お前のお陰で、戦場で死ねるわい!!」
「喜んじゃってまぁ、あんたらしいこって。」
「行くぞ!!出陣じゃぁ!!!」
「御意に。」
嗚呼、影は絶える。
狂気の笑みは、血を吸って。
道連れに多くの命を呑み込みながら、泣いてその身を伏せた。
嗚呼、虎は絶える。
咆哮の声一つ、血を浴びて。
忍が背中から消えたのを感じ、死をも感じてその身を倒した。
忍は己の忍装束を千切り、影鷹に渡す。
「早く……代わりの…影を、見つけ………。」
そこで声が途切れた。
影鷹は咥えて飛んだ。
その黒き忍の布を咥えて、遠く飛んだ。
息が止まる。
涙が落ちる。
血溜りに紛れて、消えた。
影が少しずつ、忍の内へと消えていく。
笑んだまま逝きた忍は、そこで伝説の名を失った。
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