第38話勝利の宴の片隅は

「まったく、変わったお武家様だこと。」

「む?何か言うたか?」

「さぁて、何を申しましょうかねぇ。」

 我が主の傍に膝を付き、この風景を眺める。

 呟いた声に主が問えば、答える気はないのだと返す。

 それに気を留めることはしなかった。

 花弁が散って、風に乗る。

 それが忍の元へ届いた時、そこにはもう主は居らず、溜め息ばかりが落ちてゆく。

 忍の暗躍、主の活躍により、我が武雷たけらい軍は勝利を手にした。

 大きな戦であったが、優勢に推し進められたのもまた、宴の原因。

 普通、このような大きな宴に忍衆が呼ばれることはない。

 だが、この武家はどうだ?

 護衛でもなく、見張りとしてそこにおれとも言われず、宴を楽しめと。

「忍!さぁ、舞うが良い!お前の舞は天下一ィィイイ!!」

「(あー、あー、酔っ払っちゃって、恥ずかしいこと言ってくれんね?)御意ぎょいに。」

 変化へんげの術を得と見よ。

 桜と影に包まれて、さてこの忍装束を着物へと変えませう。

 いやいや、それでは足らぬでしょう?

 さぁさぁ、この手裏剣しゅりけんおうぎに変えて、更にはこの肌晒しましょう。

 その舞台へこの腕踊らせ、酔えや唄えや、面妖めんように。

 この鋭き目には赤化粧、この唇は桜色、白き肌には黒い爪。

 笑みは何も語らまい。

 息をすぅっと吸い込んで、さてお目にかけるは日ノ本一の華と知れ。

嗚呼ああ、」

 この声は、透き通る。

 この手を鳴らして、魅せてゆけ。


「うむ!見事であったぞ!」

「そりゃどーも。」

 舞った後は、主に酒をつぐために。

 そんな間に忍の部下らは、ご馳走にがっついていた。

 武士らのあれには興味はない。

 居づらい場であるこの宴から、少し外れて、ご馳走をかきこんでおく。

 遠目で我が上司である忍の舞だけはしっかと見ておくが。

「あ、今見えたな。」

「副長、あまり色の目で見ぬ方がよろしいかと。」

「着てないな。」

 そこで部下が吹き出す。

 勢いよく振り返れば悪い笑みを浮かべている。

ちなみに、何を…?」

「見りゃわかる。」

 そこら辺でくノ一らの殺気を感じ、その口を閉じることにした。

 くノ一らは尊敬の眼差し、だが男共は色の目。

 上司だというのに。


「忍殿。」

「あい、如何いかがなさったわけ?」

 からになった食器を両手に持ちつつ、串を咥えたまま振り返った。

 食べつつ片付けをするなぞまた、器用なものだ。

「もういぞ。」

旦那様あるじは、飲み過ぎないように。」

「うむ!」

「では、お言葉に甘えますかね。」

 そのまま姿を消した。

 主は源次郎ゲンジロウと共に酒を交わして戦の話に夢中になる。


 忍小屋では、忍が抜き取ってきたご馳走、酒が床に並んでいた。

 武士らのような明るい宴ではなく、忍の宴というものはどんよりとしていた。

 どうやら部下らは酔えば泣き上戸になる奴ばかりらしい。

 彼方あちらでは啜り泣き、此方こちらでは愚痴を呟き続けている。

 気味の悪い笑い声さえある。

 その中、笑みを浮かべた忍は杯の酒を飲み干す。

おさ、どうにか出来んか。」

「えー?面白いじゃない?」

「何処がだ。」

 副長と忍は並んで酒を飲んでいた。

 この重苦しい空気を、面白いなどと言うのはこの忍だけである。

 副長は、これらにはどうも溜め息ばかり。

 忍は立ち上がると、酒を手放す。

 そんな忍に顔をしかめた副長は、忍へ目をやった。

「んじゃ、こちとらは向こうで見張りしてる可愛い可愛い部下と入れ替わろうかね!」

「逃げるのか。」

「心外だねぇ、見張ってちゃ酒も飲めないでしょ。それに、いつまでも長が此処にいたんじゃぁ、愚痴の一つも吐けないじゃないの。」

 その笑みは、酔うことを知らない。

「いいのか。お前を殺す方法を考え始めるぞ。」

「なにそれ素敵!存分に話し合っててよ。じゃ、あとは頼んだ!」

「おい、待て。」

 待たずして影となった。

 少しして、見張りの部下が戻ってくる。

 忍が消えたこの場では、上司がいないことをいいことに、盛り上がりを見せ始めた。

「長ならば天下を取れるのでは?」

「さぁ、長には天下は興味はなかろ。」

「しかし、まことに負けぬと思わぬか?」

「あの野川ノガワと一騎討ちはどうなる?」

「先ずは爪を剥ぐとしよう。」

「それから、腕をもぐか?」

「ヒヒヒ、血濡れの戦じゃ。」

「血濡れか、血濡れ。」

「終わりも早かろうのう?」

 副長はその会話に入る気はなかった。

 尊敬からくる汚い血塗れた妄想は、やはり武士であったなら浮かばなかっただろう。

 負け、という言葉はない。

 愚痴一つ漏らしはしない。

 そう眺めている副長にも、この部下らにも、上司に対して不満は一欠片もない。

 不満なぞ。

 それから、しばらくは、酷く薄暗く気味悪い、血濡れの話が続いた。

 ふと、くノ一の気配が途絶えたところで、話は切り替わる。

「長の変化へんげ、どう思うた?」

「まさか中に何も着ぬとは、流石よな。」

「舞もまっこと。」

「昨日の晩なぞ、一枚でおったが。」

 色になる目と話。

 そうなれば、副長は移動する。

 そしてその話に混ざった。

 上司の魅力を語り合うこの謎の空間は、元のどんよりとした空気を一転させる。


 屋根上では、忍が冷めた風に当たって笑んでいた。

「ふん、結局は楽しんでるくせに。」

 分身を通して我が部下の様子は筒抜け。

 何を話しているかも、どんな顔かも。

「後で叱ろうかね。まったく、」

 ただ、そこでふと聞こえた部下のその語りに、ため息をつかされた。

 部下は当然、この忍が全て見聞きしているということは知らない。

 部下からの思いもよらぬ褒め言葉の連鎖に、分身を消した。

 それには、耐えられなかった。

「心臓に悪…。」

 にやける顔を隠すように、黒い布で覆面をすれば、この夜は深く月を沈ませようとはせず、忍の赤目花あかめばなは閉じず、桜と共に咲き続け、いよいよ宴は終盤へと向かい始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る