第37話雲隠れにて

「伝説ともあろう忍が何の用だ。」

「そう構えてくれるな。こちとらは主の遣いみたいなもんさ。」

「どうだろうな。」

「おたくの子忍がうちの主を毒殺しようとした件についての処理を伝えにきた。」

 険しい顔を失わない互い、雲隠くもがくれのおさは武器を手にしたまま。

 忍の方は、ただ大人しく座ったまま。

「それを伝える必要はない。」

いな。その子忍、うちで引き取ったから。まぁ、それだけ。」

 伝え終われば立ち上がる。

 周囲の忍衆はそれに対して構えた。

「引き取った、だと?」

「主の命令に、否は無し。子忍も否の意思無し。」

「あの出来損ないをお前が受け入れるとは思えん。」

「主がそうしろと命令した。ゆえに受け入れないという答えはない。」

まことに、それだけの用事か?」

「さぁてね。」

 挑発するような目、そして声は言う。

 そして影となった。

 舌打ちが聞こえる一室。

 雲隠れに突如とつじょ現れた伝説の忍は、この里を潰すことなくあっさりと姿を消したのである。

 それはそれで、不気味なことだ。

「警戒しろ。」

「はっ。」


「隠れたって気配は聞こえてる。下手に隠れるより、身をさらした方がいいと思わない?」

 目も寄越さずにそう話し掛けつつ、歩く忍の背後から姿を晒したは雲隠れの者。

 雲隠れからはもう、遠く離れてはいる。

「長、主から言伝ことづてが。」

「何。」

「『みたらし団子を五つ土産に持って参れ』と。」

「また!?飽きないねぇ。うん、あんがと、お疲れさん。」

 やれやれ、とばかりに溜め息一つ。

 内容に、拍子抜けしてしまった雲隠れの者は思わず肩の力が抜けてしまった。

 しかし、いやいやこれでもあの伝説の忍なのだと身構え直した。

「あぁ、そう、それで、あんた何用?」

 何も言わず忍へ飛びかかった。

 その手に武器がないのを見た忍は、ただ向かってくる雲隠れの者を目で捉えるのみ。

 次の瞬間、予想さえ出来ない行動に移った。

「んん、なになに?嬉しいけどなに?」

 忍の頭を撫でる雲隠れの者の姿がそこにあった。

 それに対して忍は、目を閉じされるがままに撫でられ、最早もはや、喜ぶ。

「あの、長、一応…敵ですよ?」

「でも、でも、なんか、凄い。」

「何がです!?」

 敵だろうが何だろうが、撫でられたらつい。

 抵抗なんてしない。

 もっと撫でれ、というような。

「あ、も、この子上手い。」

「上手い下手があるのですか……。」

「うちの部下に欲しい。」

「そんなことを基準に選ばないで下され!」

 雲隠れの者からすれば、伝説の忍とはこんな感じの素顔なのか、と驚く。

 以前主従でこんな風景を見たからやってみたものの、案外すんなりと撫でられてくれるものだ。

 ただ、癖になる……というような髪質をしている。

 なんとなく飽きないし、手を止めるのも勿体無い気がして中々手を引っ込められない。

「長!絶対これ、猫扱いされてるだけですから!舐められてますから!そろそろ満足して下され!」

「待って、待って、好きなの、これ。」

「敵にされて喜んでる場合ですか!?」

「あぁ、それもそうか。じゃぁ、あと四半時。」

「地味に長い!」

 部下も必死。

 甘えてしまうのも、いつもの疲労の反動だろう。

 ついつい、撫でられれば止めてくれるな、と思ってされるがままに。

 主相手ならば、ここまで喜んでられないのだが、敵ならば恥が薄らぐ。

「雲隠れの忍、申し訳ないが長からその手を引いて貰えぬか。」

 仕方ない。

 此方こちらが駄目なら、彼処あちらに頼もう。

 元はと言えば、彼処が手を出すのが悪い。

「あぁ、すまない。つい。」

「『つい』、とは?『つい』、とは!?」

 勢いでそう彼処にまで突っ込みを入れてしまう。

「伝説の忍が主に撫でられてにやけていたものだから、試したく…。」

「貴様、いつ忍び込んだのだ!それと試そうなどと思うでないわ!!」

「喜んでいるのだから、良いだろう?ほれ、このように。」

 手を離せど物足りないのだろう、手を掴んで引き止める。

 それを見せつけられては、部下も流石に呆れた。

「長?」

 部下の威圧が現れ、忍は我に返った。

 そして手を離して影へと消えた。

 去るのだけは誰よりも速い。

 溜め息をついて部下は忍を追った。

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