第36話拾い子忍

「と、言うわけで、如何なさいます?」

「うむ、よくはわからぬがお前の忍隊に入れればよいだろう。」

「まぁた、適当な。」

「お前は嫌か?」

「まぁ、正直。主様を毒殺しようとした出来損ないのお馬鹿さんは欲しくないねぇ。」

 そこに子忍がいるがそれに対しての配慮はない。

 許せないものは許せない。

 そんな鋭い目で面倒そうに答えた忍の頭を主は撫でた。

「頼んだぞ!」

 それには、無表情が恥ずかしげに変化した。

 それと同時に口の端が歪むのを見た主は満足気だ。

 こういうことには弱い。

 にやけてしまうのを隠したいが、隠す術がないのだから、自然と顔を伏せる。

「まぁ…命令にいなは基本ないですからね……。」

 その言い訳めいた言葉がまた、この忍らしい。

 子忍はそれをぼぅっと眺めていた。

 これが、主従というものか、と。

 再び甘味にがっつき始めた主を置いて、忍は立ち上がる。

「ほら、行くよ。言っとくけど、あんたのことは信用出来ないから。主の傍に行くことは許さないからね。」

「うむ。俺の隣はお前と決まっておるからな!」

「べ、別にそういう意味じゃないですからね!?」

 慌ててそう強く返せば、主は笑った。

 忍は舌打ちすると早足でその一室から出る。

 子忍は遅れて慌てて着いて行った。


「ったく…本当に心臓に悪いお人様だこと。」

「あのぅ、」

「あぁ、一応忍小屋にあんたの部屋として一室空けるから。着いてきな。それとさ、極力部下に話しかけないようにね。面倒だから。」

「はい…。」

 歩幅なんて待ってくれない。

 忍に駆け足で着いていく。

いち、目上の影は踏まないこと。」

「あ。」

 突然言われたそれに、気付いてその踏む足を反らせる。

「其ノ、常に周囲への警戒を怠らないこと。」

「はい。」

 そう言われれば、周囲が気になり始める。

「其ノさん…はいいや。もう着いたから。」

 そう言いつつ振り返る忍。

 その足を止めて前を見た。


「この部屋、破壊さえしなけりゃ好きに使っていい。何かあればこちとらに知らせること。ま、こちとらが居なけりゃ仕方なくそこらの部下に。」

「はい。」

「色々と予定は組んでみるし、雲隠くもがくれにはそれとなく伝えとくわ。」

「え?伝え、るんですか?」

「まぁね。ウチの子忍になりました、ってね。」

「でもっ!」

「ん?」

 首を傾げる忍は、振り返る。

 その目の赤と黒に、声が出なくなった。

 忍は溜め息を吐き出して、子忍の目の前に立った。

「安心しな。殺されるわけない。」

「それは、」

「黙れ。杞憂きゆうだって言ってんの。こちとらが、そう易々と大事な部下を殺させやしない。死に場所で死ね。もう寝な。」

 忍の姿は影となり、消えた。

 大事な部下…その内に己がいるのだと気付いたのはそれから一刻が過ぎた後のことだった。


「風ノ班、城の見廻り。林ノ班、裏山の見廻り。以上。霧ノ班、任務に同行せよ。その他、無し。以上。」

「はっ。」

「主に変化無し。護衛、月ノ班、交代制。以上。」

「はっ。」

「連絡事項、雲隠れより子忍が入隊。主故に入隊試験無し。以上。」

「はっ。」

「散れ。」

 まだ日の登らぬ内に、忍隊は広い部屋に集まり、忍からそれらを聞き、我が仕事を頭に入れる。

 最低限の内容を、紙の束を持った片手、それに目を落とし一切部下を見ずに告げた。

 部下はただ返事のみ。

 何かを言うことは無い。

 ぞろぞろと出ていく部下らに取り残される。

 残るは忍と子忍だけ。

 忍は、険しい顔で紙を見つめたまま、着崩した衣類は、部下らと違って忍装束ではない。

 子忍はそれを眺めていた。

 声の鋭さや力強さ、その目は冷たく顔は険しく。

 忍隊のおさであるこの忍の貫禄かんろくある様が、自然と尊敬に値した。

 笑みを見せた昨日も、警戒心を強く見せた表情も、結局は演技のように今思える。

 態度といい、主に対して慣れたものだというような。

 余裕ある者の強さか。

「さぁて、あんたをどうしたものかね。」

 此方こちらに目を寄越さずに、またそう言う。

 溜め息ばかり。

「まぁ、我が忍隊流に育ててやるかねぇ。」

 やっと顔を上げて、意地悪く笑った。

 その企みを持ったような顔が恐ろしい。

 もしや、地獄のような?

 子忍は縮こまった。

「人様殺す前に、動物殺せるようになりな。」

「えっと、」

「あぁ、こちとらは着替えてくる。そんで主を起こして支度したくさせて朝食作って片付けて、やっとあんたに構ってやる。それまで己の準備をしときな。」

「は、はい。」

「聞き分けはいいんだねぇ?」

 からかうような声で笑うと、音も立てずに歩き去った。

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