第33話影は忍ぶる

「まさかあの成政ナリマサの忍を捕えられるとはなぁ。良くやったな、忍衆。」

うわさ通り、赤の片目…やはり不気味なモノよ。」

れさえ手懐けられれば、天下統一も楽になるが…。」

「それはどうだろうな?武雷たけらい軍は未だ不動だ。」

 縛られた忍の目の前で二人の武士がそう会話を続ける。

 忍はただ、その目を不気味に光らせながら睨み上げていた。

 この猿轡さるぐつわは自由に言の葉を放ることさえ許さない。

 この縄は、自由に身を踊らせることさえ許さない。

 見下した目が、離れずに。

「此れの忠義は面倒だからな。」

「優秀な忍ほど手荒くせねば。」

「忍は忍に任せるが良かろ。忍の扱いは忍の方がようわかっておろう。」

 笑う声が耳に入り込む。

 忍の目が細められた。

 足音が遠のけば、新たな気配が聞こえる。

 それは目の前へ来ることばかりであるのだ。

「武雷の忍、一つ言う。我が主に仕えろ。帰れると思うな。」

 その口は手早い。

 刃を見せて脅しにでも、と思うのか。

 忍はただ、目を細めたままだ。

 返答せよ、と迫るならこの猿轡を取るだろう。

 だが、其奴そやつは返答なぞどうでもよい。

 命令を都合よく発散に転ずる。

 振り上げられた刃が、この身に当たるなら、血が咲くのはそう遠くない。


「報告。無事に紛れたようです。敵に大きな動きもなく。」

「そうだろうね。ま、これから身動き取らせないけど。」

「どうか、ご無事で…。」

「ありがとさん。気長に待っときな。」

 忍は部下に軽く手を振って、影となった。

 敵軍へ忍び込み、その身をさらす。

 その手に捕まれば、抵抗こそ小さく。

 縛られるのに、何を思わせず、何を思わず。

 完璧な演技とを見せ、敵の手へと身を委ねた。

 牢に入れば、それらは嬉々ききとして会話を漏らす。

 この後、何が起こるとも予想なぞせずに。

 影がそこに現れたなら、前兆と思え。

 それが何を持ってくるか、今知れ。

 誰がお前にひざまづこうか。

 やれ笑え。


 血がその灰色の上に飛び落ちた。

 顔を戻せば、身を起こせば、その目は足らぬと言うか。

「お前が我が軍へ来るとなれば、この面倒は終わる。早めに決断を寄越せ。」

 聞く気は未だ現れていないのだろう。

 早め、というのがいつになるかは其奴次第だ。

 その目の色を失うように、その血の色を真似た目を消すように。

 閉じられた両目が再び見開かれれば、忍の白は消え失せる。

 その目の色を失うように、その血の色を真似た目を消したあおが姿を見せる。

 忍の影から、頭蓋ずがいが音を立てて笑う。

 忍の口角が上がれば、その影は広がった。

 その身を引きずるように後退り、その目は得体の知れない恐怖を確かに持った。

 忍の影から幾千の死を終えた骨が迫った。

 骨の手が伸びる。

 悲鳴なぞ、響かせさせず。

 忍の身を縛る縄が、その爪によってほどかれたなら。

 猿轡も意味を成さないでしょう。


 影が、城の周りに漂う。

 今夜はまだ、終わらない。

 忍のその目は蒼く光る。

 赤も失ったその目には、真っ黒に染められた。

 頭蓋が音を立てて尚笑う。

 死を終えた魂を持つように。

 頭蓋が手招いた、その身の死を今。

 忍は骨を引き連れて、影の上をゆるりと進む。

 静かなる死を今夜も、受け入れる。

 その笑みに赤は無し。

 蒼く蒼く、三日月の夜は、忍の血を忘れた。


 部下は、忍が城の屋根で腕を組んで立っているのをこの遠さから肉眼で確認した。

 上司の目の色に、恐怖するのも許されるだろう。

 歯がぶつかり鳴る音がする。

 まるで、笑うようだ。

 忍は死を、影を操るのか。

 忍術であるならば、きっと、それは、禁術の類なる。

 もし、もしも、死を超えた忍が、その死を扱えるのであれば…。


「主。」

「お前は、わからぬな。」

「そうですかね?」

「ああ。わからぬ。お前の中には何があるのだ。」

「おやすみなさいませ。今夜は、あんた様のお傍で眠れやしない。」

「忍殿。」

赤目花あかめばな あおけやれ 死人しびとび かげより頭蓋ずがい わろよう。」

 忍がうたう。

 主は顔を歪めた。

 赤い片目を主が『花』と表した通り、そう己も表そうか。

 その『赤い花』を蒼に化けましょう。

 蒼は死人を呼び起こして、己の影から頭蓋を笑わせて、その様は。

くもらざる われかれ 頭蓋ずがいともに やれわろう。」

 何かを言うも出来ず許されない状態から、己は解放される。

 その笑う頭蓋と共に、またさらに笑うのだ。

残影ざんえいえぬ じょうくう 手招てまねかれには、」

 残した影分身は何も見えない、城は空っぽ。

 骨に手招かれた先には…。

 忍の手を引っ張った。

 それに忍はうたうのを止めた。

「難しい。人様の真似事は。」

「ならばうたわなければ良かろう。子守唄か?」

「それにしては、おっかないと思いません?」

「そうか?お前は怖くないぞ?」

 小さく笑う。

おのれがそれをも まねに。」

 今度は己が生人らをも、招く側になろう。

「今夜か?」

「ええ、今夜。今夜のことですよ。」

「蒼も綺麗なのだろうな?」

「ご冗談を。」

 忍は笑った。

 その目は随分と…。


 わからぬことはない。

 主は忍のそれを、直感的に知るだろう。

 視界が想像、或いは妄想に呑み込まれ、耳には見えぬ綿が詰められる。

 脳内に響くは、その声色。

 嗚呼、何が見えているやら。

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