第32話鍛練中に

「(いちさん、)」

「忍殿、ここで何をしておるのだ?」

「(見てわかれ!)腕立て伏せ、ですけど?」

「鍛練か!」

「あの、集中力削がれるんで。」

 忍は片手で腕立て伏せをしつつ、その上に乗るは副長。

 涼しげな顔で座っている。

「何故上に乗っておるのだ?」

「重しですよ、重し。って、主は何しに来たんです?」

「散歩だ!」

 重しになっているのか、軽そうに見える。

 忍というものは皆軽いのだろうか、それともこの忍が凄いのだろうか。

 主はまじまじとそれを眺める。

「副長殿以外ではならぬのか?」

「何気に今残ってる部下の中で一番重いの此奴なんだよね。」

「悪かったな。逆にお前は軽すぎて役に立たん。」

「腕立てで役に立っても嬉しかないっての。」

「で、まだ重しが欲しいか?」

「え?」

 副長が手招きするのを主は意味を察する。

 と、同時に忍も何を考えているのか察してしまった。

「冗談!何、追加してんの!?」

 怒るも、止められず。

 重しが増えれば、指一本で支えた己の身は上がらなくなる。

 歯を食いしばって、顔をしかめた。

「ほら、どうした?」

「ぐぎぎぎぎぎ……なんの、これ、し、き!」

 そのままなんとか身を上げる。

 結構辛いと知りながら、二人は笑った。

「おお!流石、忍殿!」

「この……っ!」

 なんとなくいらつきが力を増させているのかもしれない。

 指一本、というのが大きな負荷でもある。

 それでも指を増やすのは、要らない誇りが許さなくなった。

 また、重しが増えたのを感じる。

 身をそのまま保つので精一杯。

「三人目、だな」

「ふざけんなぁ!!」

 歯を強くくいしばり、力を込めるが中々上がらない。

 いくらなんでも、これは鬼畜過ぎる。

 遠目で部下らはその様子を眺め拍手。

「おぉ、流石、おさ。男三人乗せて耐えるとは。」

「指一本だからなぁ。で、あれ、何人まで耐えると思う?」

「三人でも辛そうだがな…。いや、四人目いけるのでは?」

 そんな会話が嫌でも耳に入った。

 そんな期待、要らない。

 聞いてしまえば応えなくてはいけない気がしてくる。

「鬼……が!ごと、く!」

「おぅ、上がるのか。」

 それには意外だったらしく、副長は思わずそうこぼした。

 また上げた身を、慎重に下ろせば四人目の気配、止めの言葉の前に重しが増えたのをその身で感じた。

「く、ぅぅぅううう………。」

「忍殿は凄いな!」

「と、言いつつもうそろそろ無理そうですよ、成政ナリマサ様。」

「誰!が!無理!だ!」

「そう叫びつつ、もう、上がらんだろう?」

「んぅ、うう……。」

 そのまま持ちこたえるので必死なのに、どう上げたものか。

 副長は楽しみながら、にやにや意地悪く笑う。

 見えていなくても、それくらい想像出来て腹が立つ。

「こンの……っ!おさをっ、舐め、るなぁっ!!」

「嘘だろお前!?」

「おお!」

 なんとか上げたが、直ぐに下ろした。

 いやいや、そんな保ってられない。

 だが、それでも目を輝かせる主。

 そして、驚く副長。

 それで終わるのならば、いいのだが…。

「物は試しよう、だな。おい、そこで見てる二人!来い!」

「呼ぶなぁぁぁああああっっっ!!!!!」

 四人乗るのもバランス的に難しいが、器用に乗ればかなり重くなる。

「これっ、何気なにげ、にっ!重いっ、順!でっ!」

「確かにそうだな。重い順に乗ったぽい。」

「も、駄目、」

「ならぬ!忍殿!崩れたら減給だからな!!」

「随分と鬼畜な主を持ったな。長は。ほら、頑張れ。」

「にゃぁぁああああ"あ"あ"あ"あ"!!!!!」

 減給回避が為、その身を上げにかかる。

 もう指が折れそうな気がしてくる。

 実際、この指の感覚が可笑しくなりつつあるから、無理は禁物なのだろう。

 きっと、後々のちのち使い物にならなくなる。

「あと、何人いきます?成政様。」

「主っっ!にぃっっ!!聞く、なぁああっっ!!!」

「喋る余裕はあるんだろうが。」

「十人乗るまでだ!」

「減給っ!なるっ、ものっ、かぁあああっ!!」

「長、どんだけ減給嫌なんですか。止めた方が良くないですか?」

 乗ってる部下も流石に心配になる。

 減給回避に対する気合いでなんとか保っている身に、さらなる大きな負荷がかけられた。

「一気に十人って……。」

「まぁ、崩れたら崩れただ。」

「副長…長に何か恨みが…?」

「さぁな?」

「あるんですね?」

 むしろ恨まれることを今やっているのだが。

 最早悲鳴の声が上がるが、それでもまだ震える指一本で保っている。

 これが一本でなければまだいけるのだろう。

 上がらないまま、一分経過。

「逆に思うが、上がらんままでも保つのは恐ろしいな。」

「ですね。何分間いけるんでしょうか?」

「…一時間いくか?」

「殺すッッッッッ!!!!!!」

「あ、まだ喋れた。」

 殺気と気合いで耐える忍も、どうなのか。

 身がわずかに上がったのに驚く。

 しかし、それ以上がいけない。

「ぅぁ……ぁ………。」

「なんか、死にそうッスけど…。」

「減給。」

「ぁ…ぁあぁ………っっ!!!」

「声出なくなってんじゃないですか!?」

「『減給』の一言で耐える此奴も此奴だな。」

 身を時間をかけて上げたが最後。

 かと、思ったがどうやらここは地獄だったらしい。

 いや、主のせいであるが。

「まだまだ出来るということか!!」

「いや、あの、成政様?指から折れそうな音が、」

「忍殿ならば、もう十人は!」

「長の指、折れますよ?」

「構わぬ!」

「よいのですか!?」

「死……ぬ………っ。」

「長ぁっ!?」

 流石の副長も、もう止めようとするが、主が満足していなかった。

 忍の指が限界を迎えているのも、折れるのでないかという音が僅かするのも、わかっている。

 それでも。


 結果、主の『減給』の一言で保った忍の最高記録は、十四人であった。

 身が上がらなくなったのは十一人目である。

 一人追加までの間が大きいのも原因。

 と、いうか、結果的に指が鈍い音をたて折れ、崩れ、皆の下敷きになったという終わりだった。

 声にもならない悲鳴が喉の奥から込み上げた。

 激痛、そして怒り、殺意、過度な疲労に立ち上がることもままならず。

 その片腕は痙攣けいれんを起こし、忍の意識は朦朧もうろうとしてきた。

「長!長!お気を確かに!!」

「減給、だな!」


 それから、忍は痛覚を切り指の治療を行い、しばらくは殺気を持った鋭い目で過ごした。

 まったく喋らなくなり、笑いもしないものだから、初陣ういじん前に戻ったかのようだった。

 勿論、副長はこの忍に大きな仕返しを仕掛けられ、新たな悲鳴が響き渡ることとなった。

 減給されたのは忍だけでなく、副長も巻き添えであったのは忍の手のせいであるのも、知らないままに。

「(女にやらせることかね?)」

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