第31話虎穴に入らずんば?

 部下は忍を抱き上げて、忍小屋の方へ。

 意識を失ったのなら寝かせるしかないのだが、姫様抱きは不味かったかもしれない、と少々思う。

 余計に視線が殺気を孕んでしまった。

 忍の部屋は一番奥であるがために、そこまで行くのにみなの視線を回避することは出来ない。

 近いなら早めに手放せる。

 運が良いのか悪いのかわからない。

 それにしても、忍が異常までに軽い。

 重さをあまり感じない。

 食が細いわけでもなく異常な量を食べるが、誰よりも動く。

 そして寝てない。

 さて、何がそんなに軽くさせているのだろうか?

 見た目に寄らず力もあり、軽いおかげなのか素早く。

 尊敬はしているが。

「おい、おさに何があった?それと、お前は長に何をするつもりだ?」

 副長に背後から迫られる。

「熱で、」

「チッ、熱か。」

 みなまで言う必要がないのは、察しがつくからだろう。

 軽々と忍をとられ、驚けば見下みくだした目で睨まれる。

「長は引き受ける。お前は戻れ。」

「はっ。」

 威圧と殺気の塊である副長ならば、誰も文句は言えまい。

 その視線は反らされる。


 その目が開かれたのは、それから数時間後。

 副長の姿を確認した忍は、無心で其方そちらに手を伸ばした。

 それも、火傷した方の手を。

「長、これは?」

 それに返答はない。

 無表情で虚ろな目は何処か背景を眺めるように合うことは無かった。

「もしや、成政ナリマサ様の体温で火傷…ですか?」

 それにも何の返答もなかった。

 頷きもしない。

 この忍が熱、というのは目にするは初。

 どう対処してやるが正しきかわからず。

「熱を引き受けた、というのは成政様からお聞き致しました、が。」

 ここで言葉を止める。

 この様子からして、多分話を聞いていない。

 声が届かないのなら、もうこれ以上の問い掛けは無駄になるばかりだろう。

 その手は肘を曲げずにさらに真っ直ぐ伸ばされる。

 その鋭い爪はやはり防具のせいではなかったらしい。

 獣並みの鋭い爪を持った指先が求めたのは副長の目であった。

 副長は身を引いて、その爪に貫かれまいと距離を置いた。

 距離を置かずとも刺さることはないのだが、それでもなんとなく無意識的に。

「あぁ、そうでしたね。長は目がお好きで、」

 副長は素早くその刃を避けた。

「死体から抜き取っては舌打ちしてましたね。残念ながらまだ生きておりますゆえ、お諦めを。」

「あきと思う?」

 ゆっくりと体を起こす。

 呂律ろれつが危ういが、それでも。

「今だ。」

「了解!」

 忍の首に手刀を入れる。

 が、気絶までとはいかずその部下は背負い投げされ副長へ向けて飛ばされた。

「ちょっ!?何故受け止めてくれな、」

「お前を受け止める気は無い。受け身くらいとれ。」

「今のは無理でしょうよ!?」


「む?」

如何いかがなされま、」

「忍小屋の方で、なにやら大きな音がしたが…?いのか?」

「確かに致しましたが…あ、いえ、少々確認へ向かわせて頂きます。」

 部下が姿を消した数分後、慌てたように現れた。

「長が、暴れているようで!只今、副長が対処を、」

「うむ、忍殿ならばそれがしに任せよ!」

「いえ、それは、」

「忍殿のことならば前も止めたからな!」

「…では、お任せしても?」

「うむ!此処に、」

「申されずとも向かってきております。申し訳ございません。わたくしには手に負えず…。」

 副長が現れそう頭を下げるのを、主は笑顔で無視した。

 そんな言葉よりも影が勢いよく向かってきているのが見えたのに凄いな、と呑気に思う。

「忍殿!」

 両手を広げて、来い!といいたげに構える。

 部下らは下がり我が身を守るのに徹した。

 影が主を包み込めば、もうどちらの姿も見えない。

「忍殿、俺の熱ですまぬ。無理してはならぬぞ。」

 その手が撫でるは何処かはわからず。

 なんとなくで撫でる。

 触り心地が違うのだから、きっと頭ではない?

「熱い…。」

「うむ。お前は暑がりだな!」

「…何処触ってんの。破廉恥はれんち助平すけべ、変態…。」

「む、何を言うか!頭が何処か見えぬわ!」

「なら手を止めりゃいいでしょうに。いつまで尻を撫でてるおつもりで?」

 影が収まったと思えば部下らはその目を反らした。

 主は成程、と思いつつその手を引っ込めた。

 鋭く睨むは、ある意味忍のせいでもあるが、違和感があっても止めない主も悪い。

「すまぬ!」

「いつの間にが平気になったんだか…。」

「治ったのだな!」

「お陰様で!!主じゃなかったら目をえぐり抜いてましたよ。」

「本当に熱が下がったのか?」

「はい?」

 その手は忍のひたいに置かれる。

 忍は未だ火照っている己に気付いていない。

 発散することで少々楽になったか、くらいで治ったということにしているだけである。

 呂律の問題は去ったが、そもそも熱になる経験が無かったが為に本人が自覚出来ていないのだ。

「うむ、マシにはなっておるな!」

「?」

「治っておらぬぞ!」

「そんなこた御座いません!も、仕事も出来ますし、」

「ならぬからな?」

「ん。」

 その頭を撫でてやれば、いつもと違い、喉を鳴らす猫のように気持ち良さそうに目を細めた。

 素直な反応が見れたことに、部下は驚く。

 その手を離すも、両手でそっと掴んで頬で擦り寄る。

 猫がするのと似ている。

「忍殿は存外、甘えん坊だな!」

 嬉しそうにそう言う主は部下らの視線に気付いていなかった。

 副長が、部下に手招きする。

「あれをどう思う?」

「え!?あー、そうですね…いつもと違って素直?ですかね。」

「いつものの反動だな、これは。取り敢えず、治ってもこの話は長にするなよ。勿体無い。」

「副長も、結構なお人で。」

「ウチの忍はくノ一以外皆そうだろうが。」

 そんな男共の様子に苦無くない手裏剣しゅりけんを構えるくノ一らは、あと数秒後にここを血で染め上げようとせんとす。

 女として、また忍の長として尊敬してきた忍をそんな色の目で見てやがるとは、なんたること!

「ええ、そんな副長も含めて私たちは長の為にも、これを御用意致しました。」

「おい、待て、」

「たんと味わって下さいまし。このけだものが!」

「死ぬなよお前ら。」

「あ!?副長!?」

「逃がしは致しません!」

 そんな恐ろしい光景が屋根上で行われていることをつゆ知らず。

 主は忍を面白がりつつも一室へと入った。


 この後、忍がそれをくノ一らから知らされた時、二度目の怒りのほこが男共を襲うこととなる。

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