第30話その熱を吸いとって

おさ成政ナリマサ様が!」

「『慌てず短く簡潔かんけつに』。報告はそうしろって言って…え?主が!?何!?」

 部下に叱ろうとして遅れて主の名の存在に気付き、勢いよく振り返った。

 慌てるなと言って直ぐにそれに慌てて反応するのも主のことだからだ。

「高熱を…。」

「(昨日の様子じゃそうは見えない…今朝からか。確かに今日は起こしにも行ってないし、朝食だって作ってないから、見てなかったね…。)」

「あの、お早く…。」

「(帰ってきてすぐ仕事だったし、薬だってこれから作んなきゃ多分切れててないよねぇ。となると、おかゆを作るが先にするかな。)」

「長!お早く向かって頂けますか!?」

 部下に叫ばれやっと我にかえる。

 行ってからでも考えられるような内容をこの場で考えようとするのも、気の緩みか。

 主が熱と聞いて急げばいいものを狐のように笑う。

「どんくらい酷かった?」

「え!?長、程度によってはかれない、と?」

「いや、忍の長も暇じゃないって。」

 手を緩やかに振りながらも、苦笑している。

 部下は密か主に同情しておく。

「どうも辛そうで…。」

「今向かいます!主!」

 途端、顔付きを変えて影となった忍を見て部下は唸る。

 これはいのだろうか?と。

 初陣ういじんを見る前はこんな長ではなかったのに、とも。

「主、如何いかがです?」

「うぅ、忍殿か?苦し、」

「ちょいと失礼しますねー。」

 主の頬に手を添えて、熱を見る。

「(やっぱ熱いわ。)」

 防具があろうとも感じる熱に溜め息をついた。

 素手で触れれば確実に火傷する、なんて思いつつ。

 勿論、この忍に限った話である。

 そして直ぐに手を退けた。

「お前も中々話を聞かぬ奴になったな…。」

「主が聞かないお人様だから忍もそうなりますって。こりゃ一日二日で治るわけないわな。」

「意味わからぬわ…治らぬのか?」

「突っ込みするほどになったのはこちとらのせいですかね?不治ふちやまいではなくただのお熱です。」

「お前のせいだろうな…治るのならばい。」

 律儀りちぎに全ての返事までする。

 そして忍も律儀にゆるりと放たれる返答を言い切るまで待つ。

 わざとでも、流石にそれはどうなのだろうか。

「けれど、戦も近いですからね。」

「うむ。」

「今すぐ治したいとこだね。」

 そう言いつつもその籠手こてを外し、腕をまくる忍に主は眉を寄せた。

「何をするのだ?」

「え?そのお熱を引き受けましょうか、と。」

「は?」

 忍はまるで、さも当たり前のごとく。

 しかし、主は、何を言っておるのだ此奴こやつは、状態である。

 忍が主のひたいに手をそっと置いた。

 が、直ぐに離す。

「なんだ。」

「熱い……。」

「う、うむ。熱、であるからな?」

「なんていうか…あんた様の体温って元から熱いじゃないの。」

 そう言われて、そうか?と思ってしまう。

 それもそうだ。

 己の体温なんて、己でない者にしか計れぬのだから。

「元々火傷しちまいそうなくらい熱いのに、これは流石に引き受けられんのかな?なんか手が焦がされそうなんだけど。」

「もしやお前は俺の体温全てを奪うつもりか!?」

「いや、余分な熱を吸い取るだけですってば!」

 しかめっ面になりつつも、再びその素の手をそっと置く。

 『熱い』、『火傷する』、『焦げる』、と言いながらも止める気だけはないらしい。

 忍は唸りつつも、深い呼吸をする。

 主は体が徐々に楽になっていくのを感じた。

 熱が引いていく。

 その代わりに、忍の目が死んだように余計沈んでいく。

「忍殿!?もういぞ!治ったぞ!」

 起き上がってその手を掴む。

 違和感を感じた。

 その手を見れば忍が言っていた通りに、大きな火傷の痕が残り、焦がれたか赤黒くなっていた。

「し、しししし忍殿!?こここれは!?」

「あんた様のお熱は熱すぎ…。」

 舌が回らず、忍は己の額に手を当てて唸る。

 忍の体温は通常かなり低く冷たいのに、今となれば人並みの体温へと上がっていた。

 しかし、知らぬ者はきっとこれを普通と思ってしまうだろう。

「忍殿!気をしっかと持て!」

 今度は主が慌てる番である。

 息が浅く、不規則になり顔色が一気に悪くなる忍に驚いて、どうしてよいかわからぬままだ。

 しかしそれでもゆらりと立ち上がった忍に、心配を向けた。

「取り敢えず、こちとは仕事に戻りすか。」

「忍殿…舌が回っておらぬぞ。」

いじょーぶ、すって。」

 ゆらりゆらりと歩くそれは大丈夫、ではないのだろう。

 影を使わないのも、熱のせいである。

「(熱い…。)」

 そう思い、うわを脱ぎ捨てる。

 それを見た部下が上を拾い、止めようか止めまいか悩んだ。

 何処まで脱ぐかもわからないし、止めなくても己にとってはいいかもしれない、という邪心じゃしんである。

「(熱い…熱い……。)」

 しかめっ面で水を口に含んで、それでも消えない熱に唸る。

 下着一枚になったのも、部下が止めなかった故、暑がった故。

「(これ、仕事出来るの?)」

 目を細める。

 部下はそんな上司を眺めて待つ。

 部下は部下でまた、どうなのだろうか。

「長、これを機に休んでは?」

「お給料頂いんだか、休、」

 そこで意識が急に遠退いた。

 目の前の部下に寄りかかる。

「長!?あの、」

「待って…ごめん……。」

「長…すんません……しのびの視線が痛いッス………。」

「うぅ…。」

 その部下は受け止めたはいいが、他の部下からの攻撃的な、あるいは殺気を持った視線が突き刺さる。

 『運が良い』などと一瞬思ったが、それにはかなりの危険性があった。

「長、腰細っせぇ…。」

「人が弱ってるかって…面白がらいでくれる?」

「いえいえ!面白がってなぞ!つい本音が!」

 部下が慌ててそう返答するが、その目は鋭さを持った。

 けれども体が言うことを聞かない。

「(こんなしんどいなら引き受けて正解だわ…。)」

 部下に身を預けつつもそう思うのだった。

 そして揺らめく視界、手を暗闇にひかれながら、その目を閉じた。

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