第27話忍の使い方

「ふぅん。なるほどねぇ。じゃ、アレを暗殺した次にゃ大事おおごとだ…ってわけだ?」

 木の葉に紛れつその影は、月の夜に呟かれる。

 見下みおろしつつも、決して見下みくだせず。

「どうしたもんだか……ねぇ?主様。」

「む、気付いておったのか!」

「声、控えて貰えます?一応、敵の領地なんで。あと、忍舐めてるデショ。」

「舐めておらぬわ。して、あの者を?」

「そうそう。つっても、今日のとこは下見ね。今は殺らないよ。」

 主がいるのを知っていて声に出していたのだから、忍も忍だ。

 主がいつからついてきていたのかなんて、止めて止まるような性格はしていないのを知っていての放置だ。

「(あーあー、どうするよコレ。こちとら任務失敗しそー。)」

 横目で主を呆れて見ていた。

 未だに忍をわかっていない。

 いやいや、そこについてはまだ慣れてはいる。

 今までの主も、そうだったのだから。

「ん?」

 忍の目に捉えられたは…。

「どうしたのだ?」

「(見つかっちまったね。いつもはこうじゃないってのに。)小屋に行くよ。」

「うむ。」

 あらかじめ人のいない小屋を見つけ、蝋燭ろうそくくらいは用意をしていた。

 実際、主がいなければその用意は不要で終わる事の方が多いが。

 蝋燭を灯さなければ、主が不便であろう。

ねずみが来るけど鼠が居なくなるまでは、武器、手放さないでね。」

「鼠殿が?」

「そ。鼠殿、がね。」

 からかうようにそう言えば、忍の耳には気配、呼吸音、そして何かが擦れる音が舞い込む。

「(ほぉら、やっこさんのお出ましじゃないの。)主、おっきな鼠殿が爪を構えてるよ?」

 そう言った瞬間のこと、忍に向けて苦無が飛んできた。

 それを指二本で挟んで止める。

「鼠さん、忍んでないで、御用はなぁに?」

 挑発的な笑みを、天井に向ければ殺気までが降りてくる。

 主は流石にその存在を察知出来た。

 だが、しかし…。

「鼠殿!?怒っておられるのだろうか?」

「あっはは、いいのかい?こんまま鼠扱いで?」

 主の悪気のないそれを悪用して、さらに声をかける。

 すると音もわずかにその姿をその床の上に置いたは、くノ一。

「お久しゅうこった。羅楽ララクのお犬様…いや、今は鼠さん、かねぇ?」

「侵入者の分際ぶんざいで…っ!」

「女同士、もうちっとはながあったら、って思わない?」

「黙れ!何が女同士だ!そもそもお前たちは男だろうが!」

「お互いだけど女の子らしい口調じゃないよね。いや、どうでもいいけど。」

 狐のように笑う間も、武器のぶつけ合いは繰り広げられていた。

 それを眺めていた主は首を傾げたままだ。

「あ、それとね、女同士じゃないって言われると妙に悲しいからやめて?」

「はぁ!?」

「そろそろ茶番ちゃばんはお開きにしましょーや?」

「元はと言えばお前が!」

 忍はその苦無をたたき落とすと、指を組んだ。

 影が昇り、この小屋全体を包み込む。

「死ね。」

 その笑みは一転して無表情になる。

 それだけなら良かった。

 それだけ、なら。


「それで…どうするのだ?」

「んなもん、食事のお時間に失礼するよ。そん時くらい、油断するだろうからね。」

「ならぬ!そのような卑怯ひきょうは許さぬぞ!」

「あっのねぇ!!なんの為に忍がいると思ってんのさ!こういうことがお仕事なの!」

「何を言っておる!正々堂々と、」

「だから嫌だったんだよ。」

 さえぎって吐き捨てられた言葉は、心底うんざりしたかのような雰囲気をまとう。

 その目が細められる時、必ず忍は何かに対してそういう感情を一瞬に思う。

此方こっちに口出すな、構うなって言ったの、わかる?あんた様がそんなだからだよ。」

「しかし、」

「忍なんてもんは飛び道具みたいなもんなんだよ。手裏剣しゅりけん?矢?まぁ、そんな感じの、ね。だから、使もんなんだよ。が出来ない人間様と違ってね。」

 主はその手を震わせた。

 忍のその目は冷たく、残された苦無くないを拾い上げる。

「ほらね?苦無や手裏剣ってのは行ったきり。こうやって拾われ直すこたまずない。飛び道具ってのは、に使うでしょ?こちとら忍たちは、道具なの。道具なんだから、ちゃんと使ってちゃんと捨てて貰わなきゃ。」

 その主の目に灯るは、怒りか。

 それともなんだ。

 忍というものを何だと思ってきたか。

 何が正しいか。

 それを無視するは、どちらか。

「俺は…俺は、お前たちをそう思ったことはない!」

「だからいけないんだよ。そんな甘ったれたお考えじゃぁ、いつまで経ってもこちとらたち忍は、『役目も果たせず忍として死ねない』んだよ。」

 忍のそれは鋭利えいりな氷だ。

 正しくあれ、と大人がお子に怒鳴るのと同じ。

 お子の言い訳なんて、通用しない。

 貫きたい意志があるならば、それだけの力と、それだけの言葉とが必要だ。

「あんた様もさ、お子様じゃないならいい加減にした方がいいと思うよ?己のみを貫けると思わないでネ。常識くらい、覚えて下さいよ。」

「忍…殿……。」

「別に厳しくしてるつもりは無い。あんた様はもう初陣ういじんも迎えた。ご立派さんじゃないの。見た目だけは、ね。」

 重い岩でも乗せられたかのように、主はその身をうつむかせる。

 忍の遠慮を持たない言葉をその身で受け、唸った。

「(ちっと言い過ぎたかね?でもまぁ、そろそろわかってもらわないと。大惨事になる前に。)」

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