第25話恋だってするの
「嗚呼、もぅ、本当……好き。」
主はそんな声を聞いて薬小屋を覗いて見た。
中では、忍が両手を頬にあててうっとりとしている。
床には薬が置かれたまま。
「忍殿?」
そう声をかければ、僅かに肩を跳ねさせた。
そして、その表情をひっくり返し、しかめっ面に。
「如何なさいましたか?」
流石と言うべきか、切り替えの早い。
薬を手に取って、さっさと片付けた。
「何か言うておっただろう?」
「そうですね。何かは言っておりましたが。」
「何かあったのか?」
「いえ、別に。これといって異常はありません。」
真面目な返答に、首を傾げる。
さっきまでのはなんだったのか。
ある種異常だろう。
「しかし、好きだのなんだのと、」
「ええ、まぁ、薬作りは好きですが。」
そう返され、納得してしまった。
うん、と頷いて笑みを浮かべる。
「そうか!ならよい!」
満足したらしく、そのまま向こうへ歩いていく。
忍は主の気配が絶えてからやっと、力を抜いた。
大きな溜め息が零れ落ちる
「主様がお馬鹿さんで助かったわ。」
苦笑してから、気を抜き過ぎていた己を悔いる。
まさか、この忍が、長年この武家に仕えてきたこの忍が…なんてバレてはどうしようもない。
叶わぬ夢、なんて思ってみる
「ま、色仕掛けすりゃ落とせる自信はあるんだけどね。そんな、
「そうですね。」
「そう思うでしょ?……うん?」
「
部下がいつの間にかそこでそんな受け答えを…。
「駄目だこりゃ…。」
部下にとってしてみれば、面白いものだ。
最近の上司の様子がこうも、隙が多いのだから。
「あんたらそろそろ覚悟しときなね。」
「長も、程々に。で、お相手は?」
「あんたらに教える気は無い!」
そう怒鳴って痺れ薬を部下に向けてまけば、影となって逃げた。
部下は当然動けなくなるし、残念がった。
「えへへ、喜んでくれるかなぁ。」
「何をだ?」
「うんー?主じゃないですかぁー、ちょいと首突っ込むのやめてもらえませんかねぇ?」
「いひゃいぞ!」
主の頬を引っ張って、陰りを見せつつ笑う。
ご機嫌な様子ではあるものの。
「気になるではないか!」
「お気になさらず!」
「確か、
「そッスね。(あ、バレる。)」
「部下が言うておった忍がおるのだろう?何といったか…。」
「んじゃ、行ってくるんで!」
片手を上げて笑えば主の素早いその手が忍の腕を掴む。
主の目の鋭さに、忍は乾いた声で笑った。
「(あはは…流石、主様。そゆとこは鋭いお方だ。)」
もうその先は察せられる。
だから仕事といって逃げようとしたのだが、その手に捕まった。
「逢い引きしておるまいな?」
強く珍しく睨まれて、忍が主のその手を見た。
力が入り、手首を締め付けられる。
「逢い引き、ではないんですけど…ほら、忍同士じゃないですか?忍って結構情報収集能力高いんですよ。」
「うむ。」
「だから、情報交換でもしましょうやっていうつもりだったんですけどね?」
水のように口から思ってもない都合の良いことを流す。
忍にとっては朝飯前。
主をいかに騙せるか。
「おお、そうだったのか!それはすまぬ!」
「あれ、そういうわりにはこの手離してくれませんね?」
主も主で何度目かの騙しにさて、いつまで騙されないよう慣れるか。
主にとってはもうそろそろ、というところ。
忍をいかに疑えるか。
「それを含めての、ではないのか?」
「んん?そっ、れはどういう意味でしょう?」
忍の顔色が変わった。
声が一度躓いたが最後。
主の目は鋭さを増した。
「まさか、お前ともあろう忍が、三水殿の忍に?」
「あっはは、まさかそんなわけ、」
「そのまさかがあるから俺は言うておるのではないか。」
「そんな、主様?御自分の自慢の目で選んだ我が忍が信じらんないんですか?」
「うむ、今はな。」
即答する主に忍の片足は後退る。
陰りのある笑みは消えはしない。
「ってことは、主様は御自身の目を信じていないも同じ。」
「だからなんなのだ。」
「さて、戻ってみればその目で疑うは我が忍。その目が信じられたものでは無いのなら、疑うべきは忍でなく己の目、では?我が忍がそんな裏切りをするとお思いですか?長年仕えてきたこの忍が?」
強引にそう押す忍に、ううむ、と唸り考え始める主に、冷や汗をかきつつさて逃げる隙をと伺う。
この手が離れなければ、己は飛び立てない。
「そうやもしれぬ…。」
「も一度考え直して下さいよ。」
「だが、お前は好きだのと言うておったではないか。喜んで貰えるか、などとも。」
「(あのお馬鹿さんがいつの間に。)」
「可笑しいではないか?」
「そうですかね?まぁ、忍は人様と違いますし?違和感あっても仕方な、」
「逃げるつもりだったな?」
「(あぁ、この目は話聞かない目だ。言い訳不可能ってか。)会いたいお人に会っちゃいけないの?」
「む、それは、」
「まぁ、確かに忍だよ?忍だから、許されやしないのはわかってんだけどさ。」
人差し指の爪を合わせ、手悪さをする。
目なんて主さえ見ない。
しゅん、とした顔をして、顔を少しだけ下に俯けた。
「それに、他国のお殿様のお忍様だもんね?そりゃ、わかってるけど、さ。」
笑みなんて忘れて、いじける。
会いたいんだもん、という雰囲気で。
主は
「わかってるんだもん。情報交換だって、二の次にしちゃうの駄目だってわかってるけど、けどね…。」
しかし、主は気に入らないという顔をした。
「今日はもう何処にも行くな!ならぬからな!」
そう言い放って、走って何処かへいった。
取り残された忍は、
それを部下が地へ着く寸で手に取った。
「あんた様が届けろって言ったんじゃん。馬鹿じゃないの。」
「
「其れ、捨てといて。」
「え!?しかし!」
「長の命令…聞こえない?捨てとけって言ったの。三水の大将ンとこの門にでも投げときな。」
つまりは、代わりに届けて来い、という意味だ。
それを察して部下は頷きこの場を去った。
忍は不機嫌に、武器を手に取ると、手製の菓子を切り刻み、捨てた。
「(悪いのはこちとらだけどね!)」
叩き付けるように武器を影へ投げた。
筆を手に取れば、一切その部屋から出てこなくなってしまい、部下は溜め息をつくのであった。
「それでも仕事するとは…。」
「いや、長の場合仕事で発散してるのだろう。」
「長の不機嫌は不味いのでは?」
「どうしたものか。」
そう小声で会話する部下の声は、いつもなら耳に入ってしまうのに、今回ばかりは誰の声も入らぬようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます