第24話あの頃の聞きたかったこと

「忍殿!」

「はいはい、何でしょうかね。」

 面倒そうに頭を掻きながら、溜め息混じりに答える。

 その態度が許されるのは、日ノ本中何処を探してもこの忍以外居ない。

 この忍を知る者は、気を許してしまうほどだった。

「む、なんだその顔は。」

「どうせ、くだんないことでしょう?こちとらも暇じゃないんですよ。」

「わかっておる!」

「わかっていながらも呼ぶのはどうかと思いますけどねー。」

 忍は筆をくわえたまま、両手に何か文字を連ねるそれらを抱えて首を傾げた。

 そもそも、呼び出されておいてそれらを手放さずに現れる方もどうなのか。

「お前、いったい何歳なのだ。」

「え?それ聞きます?忍の歳なんて聞いたって、」

「よいから申せ。」

「んー、ちなみに、いくつに見えてます?」

「そもそもお前は二十を過ぎておるのか?」

「ってことは、まだ十代に見えてるわけだ。」

「うむ。十八か、十九くらいだな」

 忍は、得意気に笑う。

 背丈はやはり主よりはまさるのに、見た目は結構若い。

 大人っぽいのはそうだが…。

「でも、旦那様、考えて見てくださいよー?こちとら、いつから此処に居るって話でしたっけ?」

 悪戯いたずらっぽく、そう問い掛ければ、主は首を傾げた。

 はて、見た目に合わぬではないか?

 それを察した忍は狐のように笑った。

「つまりは、若作りってやつ?えへへ、生き血 すすって生きてるみたいっしょ?」

「例えが恐ろしいぞ、忍殿…。ということは、俺よりかなり歳上ということなのだな!」

「うーん、歳なんて数えちゃいませんからねぇ。ま、言っちゃいますと、源次郎ゲンジロウ様にお仕えしたのは十五の時なんですよ。」

「む?それでは話と合わぬぞ?」

「そりゃぁ、まぁ、一旦死にましたし?忍の里を早めに出て、雇われまして、それが十五。それから何年経ったでしょうか、蘭丸ランマル様がお生まれになられました。それから数年後、あんた様の忍になりまして。さて、問題です。こちとらはいったい何歳でしょうか?」

 主は説明を聞くだけでもあまりわかっていなかった。

 忍が一旦死んだと言うのも、どういうことか理解出来ず。

 それもそのはず、一度死んだ者がこうして目の前で喋るとなればもう、それは、霊的なそれである。

 しかし、そうではなく我が忍となっているのだから、はて?となるのだ。

 それをわかっていながら、そう話す忍も意地悪である。


「む、忍殿はらぬのか?」

「いえ、おさは今、」

「おるのだな?何処だ!」

「薬小屋に、」

「わかった!」

「あ、御待ちください!」

 忍の部下の話も聞かずして、走り込んだはその一室。

 勢いよくそれを開け放てば、その風によって舞い上がる粉がなんであったか。

「こンの馬鹿主!」

 その怒りを発した忍はその粉を食らって横たわる羽目になった。

 まさか、忍が主にそんな言葉を吐くなぞ、今までにないことだ。

「す、すまぬ…。」

「あんた様はもうちっと落ち着けないわけ!?部下の話を聞くのも、大事なことですからね!」

「う、うむ。」

 横たわる忍は、口は兎も角体が動けなかった。

 粉の正体は、痺れ薬である。

 基本、この忍は大抵の薬や毒は効かないのだが、己が作った薬はその耐性をも上回るくらい良くできた薬であったのだ。

 ゆえに、今この状態であるのだが。

「あー、あー、薬が勿体ない…。一つ作るのに何時間かかると思ってんですか…。蘭丸様気分はお忘れになってよろしい年頃かと、思いますけど、ねぇ?」

 圧のかかった「ねぇ?」に主はその顔を伏せてしょんぼりとした。

 まるで捨てられた仔犬こいぬである。

 忍は少々そのまま横たわっていたが、ゆるりと体を起こさせた。

「もう、動けるのだな。」

「そりゃ、無理矢理に動かすことは出来ますよ。所詮しょせん、痺れ薬、ですからね。ちっと休めば弱りもしてない状態なら、難なく。」

「そうなのか。」

「で?様は、こちとらに何の御用で?」

 忍の笑みは怒りの色を失わず、陰りがあった。

 それに目を泳がせながら、唸る。

 忍の指先が、床を一定の間を残しつつ軽く叩き音をたてる。

 早く言え、とでも言いそうだ。

「お前、昔はずっとしかめっ面をしておっただろう?」

「……それが何か?」

「何故しておったのだ?隠してまで笑わぬのは、何故だったのだ?」

「は?(そんなこと?)」

 忍の指は動きを止める。

 数秒ほど、時が止まったように二人は瞬きさえしなかった。

 忍は口を片手で隠す。

「それは…その……ほら、ね?」

「?」

 今度は忍が目を泳がせる番だった。

 何故と問われてすんなり答えられるのならいいのだが。

「主は…知らなくていいこと、かなぁ。」

 言いにくくて仕方がない。

 我が主を見てにやけてたのを隠す為だったとか、つい笑んでしまうのを隠したかったとか、そんなくだらないことを。

「(絶対言わない。)」

「何故なのだ。」

「いやぁ、ホント、大したことじゃないんで。」

「ならば言うてもよいだろう?」

「うーーーーーーーん、なんていうか…そういうのは、ちょぉっと、ね?」

 忍がかたくなに答えようとしないのを、主は聞きたがる。

 身を乗り出せば、その分だけ忍は後ろへ身を引いた。

「何故だ。」

「また今度ってことで、ね?」

「しかし、」

「ね?」

 またもや圧をかけられる。

 これには主は勝てずに一旦諦めることにした。

 恥ずかしいやら何やらで、答えるわけには…。

 そんな忍の内心なんて、察することも出来ず主はまた明日あすにでも、と考えていた。

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