第23話仕事中毒者

「すまぬ。」

「忍なんかに頭下げるの止めて下さいよ!頼みますから!」

「しかし、」

「しかしもカカシもないの!軽口たたいてるだけでも可笑しいんですから!」

 目を覚ました我が主が、己へ頭を下げたのに驚き、焦った。

 忍はなんとか急いで頭を上げさせ二度とやるなとばかりに言う。

 主はやっとその顔を見えるまでに上げてくれ、忍は溜め息をつくのだった。

「まぁ、ご無事でなによりです。」

「う、うむ。」

 主の目は、忍の腹を見ていた。

 忍装束により、顔以外は肌を見せていない。

 ゆえに見える訳では無いが、己がつけた傷を気にしているかのようだった。

「主、心配は無用です。戦忍となりゃあれくらいの傷は幾らでも負いますから。」

いとうないのか?」

「そりゃ、まぁ、痛覚は切ってたんで。痛くなるのは縫った後ですよ。」

 軽く笑い答えた忍が、縫ったと言うので主は余計にその顔をしかめた。

 忍はすぐにそれに気付く。

「主ー、忍にそんな心配するんでしたら、謝罪でなく休暇きゅうかを与えるのが普通じゃないんですかぁ?」

 そうわざとらしく言う忍に、主は成程なるほどという顔をする。

 その顔を見た忍は、首を傾げた。

「ならば、そうしよう。休め!」

「え…はは、嘘でしょ。」

 予想外、というふうに乾いた声で笑った。

 『休め』と言われても、忍にとって初めてのお言葉…。

 いざ、休暇を貰うと退屈で仕方がなかった。

 ゆえに…。


おさ?非番ひばんでは?」

「あー、気にしなさんな。暇は嫌いでねぇ。」

 机上の仕事に没頭することになってしまった。

 一応、忍装束でなく非番だからと別を着てはいるものの、仕事がこの手にないのは違和感とを感じる。

 つい先程、主に仕事をせず休めとまた叫ばれて、ならば見えぬところでやってやろうじゃないか、と忍小屋にて大人しく筆を手にしているのだ。

「忍殿!」

「はいはいっと。お呼びでしょうか?」

「何をしておった?」

「何も、」

「しておらぬ、と?しかし、部下が言うておったぞ?休まぬか。」

「そう言われましても、」

 そこで言葉を詰まらせ、頭をかいた。

 休めと言われて休めぬほどに、身も心もそうなってしまっている。

 最早もはや、癖である。

 気がつけばその手には筆か武器かそれとも、といった調子なのだから。

「なれば、俺とおれ。」

「んん!?今、何と、おっしゃいましたか?」

「俺とおれ、と申したのだが。」

「それってつまり…?」

「お前が休まぬからな!俺とおれば働けまい!」

「デスヨネー。承知致シマシター。」

 忍が乾いた声で笑った。

 それに対して主は満足気である。

 言われた通り、何もせずそこにいるだけ。

 一室で、ただ、それだけ。

 茶を淹れましょうかね?、と言えば、要らぬ、と返ってくるし、他に何かしらやることはないかと探してしまう忍は落ち着けず収まらない。

 何かしら、したいのだ。

 耐えきれなくなったは、たった小一時間後。

成政ナリマサ様!お願いします!働かせて下さい!仕事させて下さい!」

 両手をついて頭を下げ、そうを上げた。

 主の方は首を傾げる。

「お前が言うたのであろう?」

「我慢出来ませんし!まさか、そんな、冗談のつもりが本当になるとは思いませんから!」

 勢いよくそう食いつき、今すぐにでも!という焦りさえある声は、主を困らせた。

 いや、困ってはいないが、どういうことか等と思わせたのである。

 そこに部下が降りてきて、主にこう耳打ちする。

「長は、仕事中毒に御座います。」

 そのたった一言で、嗚呼、と頷けた。

 休暇はその日の内に、終了となったのだった。


「お給料頂いてんだから、休めな、」

「休まない、ではなく?」

 部下からのその言葉に、一瞬考えてから、顔を背ける

「休んでらんないの!暇は大っ嫌いなんでね。」

 そう答えるのだった。

 給料 云々うんぬんより、ただ個人的なものである。

 それを笑うは主や源次郎ゲンジロウに留まらず、つい部下までも。

 源次郎は豪快に笑って部下に話した。

「あやつは休み方を知らんからのぅ!」

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