第22話見えぬそれ

 忍のその目にはもう、『人間』というものが映っていなかった。

 人を、敵を、人間だと認識していたのではなく、『殺していいモノ』と見ていた。

 いな、見えていたのだった。

 人が『人間だ』と見えた時、それを殺すことは出来なかった。

 殺してはいけないように感じたからである。


 ある時、赤旗の武家に雇われた。

 主の真っ直ぐな目は、その忍を射抜く。

 その正直者な性格は、忍を困らせた。

 嗚呼、忍の知らない世界であったのだ。

 忍の扱いはまるで、忍を『人として』見ているかのようだった。

 忍は初め、それに対して何一つ反応を見せなかった。

 だがしかし、主の強引なその手に、目に、逃れることを許されなかった。

 それは現在の、蘭丸ランマルいな成政ナリマサと変わらぬ。

 どうやらこの武家は代々、まなこだけでなく性格までもが受け継がれていたらしい。

 ゆえに、源次郎ゲンジロウも、その息子であり蘭丸の父上の者も、そしてそのお子である我が主でさえも、忍を困らせる性格だった。

 それが、忍の奥底にあった全てを引っ張り出したのだ。

 それが現在の忍を作り上げた。


 勿論、忍も最初はそれらに戸惑い、常に困ったような顔をしていた。

 しかし、それが一歩目だ。

 初めて主に見せた表情が、困った顔。

 主の笑みと言葉、そして離さない手、最後にその射抜く目。

 それが忍の殻をこじ開けるのだ。

 忍のぎこちない作り笑みが二つ目。

 しかし、敵さえ気配だけでも察知してしまえば途端に恐ろしく鋭い目をして表情を失う。

 それでもいつの間にか主を前にしても、表情が増えていった。

 それに伴って、口数等も。


 ただ、褒められるとこれでもかと照れたりする。

 褒められ慣れていないゆえだが、初めて褒められた時は、顔を真っ赤にして「あー。」だの、「うぅ。」だのと声を漏らした後に、逃げ隠れてしまった。

 どう反応してよいか、わからなかったのだ。


 時は流れ、源次郎の父上の忍となった時のことだった。

 戦で、忍と源次郎の父上は、討たれた。

 忍がかばって先に逝った後に、首を取られたらしい。

 負け戦だった。

 その一時の戦が、忍の過去を引きずり出し、再び感情を殺させる引き金へと連れていった。


 忍が再び子忍として忍の里にいる間の、修行でまた繰り返される地獄はもう慣れたもので、長としての教育さえ超えていた。

 それでも、それでも忍としてどうあらなければならないかはわかっていたし、そうあらねばならない環境であったのだ。

 そこで、あるくノ一と出会う。

 くノ一は、忍を男だと思っていた。

 と、いってもそもそも忍は何処にいっても男扱いを受けて、色修行で女だとやっと知られるくらいだ。

 別に、男らしいというわけでもない。

 中性的であるのだ。

 それで、ある種都合が良いのが男だったわけで、否定さえしない忍はやはり途中までそう見られていた。

 まぁ、男である方が便利だとは思っていたので、みずからな部分もあったらしいが。


 くノ一は輪丸リンマルのように、人間らしい一面が目立っていた。

 それはまた、別の意味で。

 『恋』である。

 忍ではない何者かに恋をし、忍の里を出て行ったのが、結果。

 許されることではない。

 くノ一の所謂いわゆる『恋話』というやつに付き合わされている内に、くノ一の言葉それぞれに苦しめられていた。

 『人間らしさ』が、最早もはや『呪い』である。

 似たことを、似せたように、繰り返し言われれば、流石の忍も参る。

 くノ一が里を飛び出した時、多くの同僚がそれを阻止しようとした。

 だが、忍はくノ一を逃すよう手を回したのだった。

「帰って来るな。」

 それだけをくノ一に叫んで。

 くノ一はわかっていた。

 『行け』、と忍が背中をぶっきらぼうにでも押してくれたことを。

 忍はくノ一の人間らしさに苦を覚えつつも、それでも微かにくノ一がこうを手にすることを望んでいたのだった。

 忍同士の殺し合いである。

 数的有利は向こうであるが、忍は里ごと潰したのだ。

 それがどんなに、息苦しいことか。


 同じ武家に雇われた時、それまさに源次郎の元。

 その時にはもう、忍の顔には『無』ばかりが残っていたのである。


 しかし再び、その手を引っ張る光が、主へとなったのは、忍にとっては吉か凶か……。

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