第18話初陣
睨むように前を見つめる。
そこには、いつもの忍の姿はなかった。
落ち着け、と唱えようが収まらない。
「忍殿…。」
まるで弱音のような呼び声だ。
嗚呼、それを裏切らない忍もまた忍である。
「初陣、おめでとさん。緊張してるようだけど。」
忍の声で、忍らしくない言葉が後ろから聞こえた。
振り向けども、そこには誰もおらぬのだ。
笑い声が聞こえる。
「忍殿か?」
「他に誰が居るっての?」
我が影から我が忍が顔を出す。
そればかりにあらず、いつもの忍装束と違い、それは色を変えて形をも変えていた。
「何故お前がおるのだ。」
「そりゃ、お呼ばれされたから、」
「そうではない。忍は、」
「残念!こちとら、忍は忍でも、
軽い口調は、あの丁寧さも敬語さえも失っていた。
あのしかめっ面も、無表情も、
「申した通り、あんた様が今見ているこちとらが、中身ってわけなんですよ。
「うむ!俺は
「ありゃ、気に入られちまったらしょうがないじゃないの。此方のが楽なんで、そうさせて貰いますよ、っと。」
忍刀を逆手に持ち、悪戯っ子のような笑みを浮かべる。
その赤はもう、閉じてはいない。
久しぶりに見た赤い片目を主は目を細めて見つめた。
「どうやら
「う、うむ。」
「あ~らら、おっかなくなっちまったのかい?」
忍がそう心配したように問い掛ける。
忍は心得ている。
そして、それを支えてきた。
我が主の心境は
「お前は、どうなのだ。」
「どうもこうもないさ。大丈夫。落ち着いていきな。」
主の肩に手を置いて、同じ方向を見やる。
呼吸を、主に合わせる。
「あんた様の背中はこちとらが守る。あんた様はただ、前を見てりゃいい。」
忍の低めの落ち着いた声が、主を頷かせ、徐々に落ち着かせていった。
忍は再び笑む。
「あんた様は、強いさ。」
忍はそういうと、主よりも数歩前へ出た。
「
その貫き通る声は、本来指示を出すはずのない忍の口から飛んでいく。
大きな声がそれに応える。
戦は始まった。
忍の声、たった一つで。
忍は振り返り、主を見つめ返す。
「さぁ、いざ。」
片膝をついて、頭を下げる。
嗚呼、主は初めて目にする。
この忍の服従の証を。
騎馬に続いて、
軍師の戦法なぞここにない。
この戦は、源次郎の命令によって忍が用意した大きな舞台だった。
敵軍、それも
手の込んだことを、隠れてやっていたのである。
忍の優秀さが、戦を起こさせた。
そして、初陣の舞台だと言うのだ。
「名乗りを上げ、出陣を。あんた様の影はこちとらだ。油断だけは、しないよう、息を吸って前へ。」
忍が、場だけでなく主をも整える。
「我こそは!、」
その背を見るため、守るため、忍は狂気を浮かばせ影に立つ。
「いざ!押して参る!」
「いざ、忍び参る。」
二人の声は、戦場を走った。
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