第17話忍の中身
「忍殿!」
「
「お前の笑顔は怖いぞ!」
「そう申されましても。」
笑えと言われ、ぎこちなく無理矢理笑みを作れば主は遠慮なくそう叫んだ。
忍はただ、これが忍というものだ、という感覚であった。
笑うことに不慣れなのではない。
出来る。
しかし、出来てはいけない。
「
終わらない笑顔作りに終始を付かせる為に、指を一本立てた。
「蘭丸様の
「む?」
「
「中身とはなんだ?」
「さて、なんでしょう?」
意地悪く、忍はそう返し、覆面をする。
もう、これ以上は…ということだ。
蘭丸は、いつの間にか初陣まで後少々とまでに成長していた。
忍が目線を合わせる為に、膝をつく必要は無い。
それでも、忍よりその目は少し下になる。
忍はこの差を嫌に思っていた。
幼い頃ならば、目線を合わせるが為、膝をつき下からその目を見やれる。
だがどうだ。
今では膝を付かず、腰を曲げるにも合わぬ。
そして、その目を見下ろさなければならない。
その我が主を上から見下ろすのが、嫌なのだ。
「(嗚呼、小さい蘭丸様は良かったなぁ。)」
そう溜め息をつくのも、仕方が無かった。
未だに、忍殿と呼ばれるのだ。
声変わりもしたその声は、忍、と呼ばず、忍殿、と。
それもそれで、痒いような。
いざ、初陣の前日となった。
蘭丸の
顔付きが、険しい。
それを見兼ねた忍は、茶と菓子を用意して斜め後ろへと立った。
「気分転換、というのは如何です?」
そう声をかければ振り向いた我が主の目は真っ先にその菓子へと向かった。
険しい顔は何処へやら。
「(こういうとこはまだ、あの頃の蘭丸様だよね。)」
笑みが零れそうになるのを、片手が隠す。
覆面となる布を首に巻いてはいない今、表情を晒すのは不味い。
「(主様見てにやけるとか、
そう思いつつ、顔をそらした。
顔をしかめて、ただ、耐えた。
「お前、何故いつも顔をしかめておるのだ?昔から、思っておったのだが。」
「(今それ突っ込むの!?)さて、何故でしょうね?」
忍の答える気のないという態度に、首を傾げる。
「何故、手で隠しておる。」
「隠してなぞおりません。」
外は冷静を保ち、何の変化も見せないよう、声さえ上下させない。
動揺だとか、そういった類を表に出さない辺り、やはり慣れているらしい。
内心、心の臓は強く波打つように、焦りがあった。
「ならば、手を退いてみろ。」
「はい。」
忍の口元は笑みさえなかった。
いつものしかめっ面、といったところだ。
無表情か、しかめっ面の二択ばかりが、いつもの顔である。
「お前の菓子は旨いな。」
話題をそらしてそう笑顔で言う。
それに一瞬、片手が浮いたが主はここぞとばかりにその手を押さえ付けて、隠すのを阻止する。
見逃さない、という目に射抜かれれば、忍は顔を大きく背けた。
口の端が上がるのを待ったが、一向に変化なし。
「(あっぶな!)」
忍はというと、器用なことに主に見えるであろう右の口の端は下げておいて、見えぬ左の口の端だけ上げていた。
旨いと言われて嬉しく思うのは、隠したい。
そして、それから浮かぶ笑みでさえも。
妙な恥ずかしさがあるのだ。
せめて、初陣の明日までは待ってくれと言わんばかりの意地であった。
落ち着け、落ち着けと繰り返し心で唱えてから、顔をしかめて主へ向き直る。
「駄目だったか…。」
「可笑しなお遊びはおやめください。」
「遊びでないわ。お前の顔が見とうてやっておる!」
「(うっわ、また忍殺し…。)そういったことは、別のお方へ申すべきでしょう。」
「別とはなんだ。お前しかおらぬだろう?」
「(…そのつもりで言ってるわけじゃないからおっかないんだよ、あんた様は。)」
首を傾げる主は、ただ、何一つ意味をわからずに。
忍はしかめっ面を浮かべたままに、明日を待った。
「大人になってるんだか、なってないんだか…。」
「聞こえておるぞ。」
「空耳でしょうね。」
「む、お前は変わらぬな。」
「忍ですから。」
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