第14話一方通行な

「あっはっはっは!」

 忍は腹を抱えて笑った。

 あの慌てようはなんと面白いことか。

 滑稽こっけいだと。

「(あー、お腹痛。)」

 笑いで出る涙を指で拭って、覆面に隠れた口はこれでもかと吊り上がる。

 部下が、誰かがこれを見ることは今までもそして今もない。

 誰もいないからこそ、笑うのだ。

 忍の素顔は、笑い狂いを抱えた、日ノ本一の忍である。

 これでも、伝説の忍と呼ばれた忍と同一人物であるのだった。

 何故、同一人物、なのか。

 それを知るは、この忍と書物、そして長生きをする忍屑くらいだろうか。

 笑い狂いであるが、それを知る味方もいない。

 敵ですら、知っている者は少ない。

 感情など関係なく、笑い狂ってしまう症状といったところか。

 これも、また、実はそうそう面白いものではないし、笑うにはよく見過ぎるほどにくだらないことだった。

 笑わぬように、笑わぬように、と無愛想な顔をしている。

 気を許せば、きっと、常に笑んだ状態になってしまう。

 それゆえの覆面でもあるのだった。

 雨など気にはしない。

 断続的な音を立てて喉でまだ笑う。

「(嗚呼、馬鹿らしい。)」

 と、忍は笑うのを唐突に止めた。

 そうさせたのは気配だ。

「お疲れさん。」

おさ、よろしいので?」

撤退てったい。」

「了解…。長は、」

 忍は散れと虫を手で払うような仕草をする。

 邪魔をしてくれるな、という意味も込めて。

 誰に見られるも好きではない。


 翌日、忍が戻ってこないままに迎えた朝日を浴びて、主は目を覚ました。

 やはり、それらしい影も何もない。

 それに気付けば余計に寂しさを増させる。

 父上も母上もいないこの世、頼れるは我が忍のみぞと。

 そんなことを知れば、忍はきっと溜め息をつくだろう。

 おに懐かれて嬉しいわけがない。

 ましてや、依存となると余計に。

「忍殿…。」

 ただ、くうより舞い降りてくる黒がある。

 しかし、それは主を期待させなかった。

 そこに足を停めるは、影鷹かげたかと呼ばれる忍の影によって作られた赤い目をしたたかである。

 優秀な忍ならば、これくらい…というわけではない。

 この影鷹は、自我さえある。

 忍に懐くは当然、といったところだ。

 鳴き声はない。

 からすならば、カァと鳴くのに。

 この鷹は、言葉も声も知らないのだ。

「どうしたのだ?」

 影鷹は何かを伝えようという仕草さえしなかった。

 それどころか、その場で羽繕いを始める。

 主には興味さえ示さない。

 忍がここへ行くよう指示を出したわけではなく、ただ単に、影鷹の気分である。

 忍が呼べば、影であるこの鷹はどんな遠さであっても理解し、向かう。

 どの鳥よりも速く、力強く。

 それが、影だからだ。

 雨がまた降り始めた。

 その音が酷く、煩く聞こえた。

 気が付くと、主の目線の先、影が落ちてきた。

 顔を上げれば、雨に打たれつつ立つ姿があった。

「忍殿!」

 喜んで飛びつこうとしたが、その足は止まる。

 そして、その目をじっと見つめた。

「主、如何いかがなされましたか?」

「忍殿ではないな。忍殿は、何処だ?」

「何を、」

それがしの忍殿は、綺麗な赤い目をしておるのだ。忍殿は、某を名で呼ぶぞ。」

 幼いお子が、偽物を見抜き、そして怯えもせずそう返した。

 そやつは蘭丸ランマルを睨み付け、刃を手に、そして、


 忍は己をかたれを目で捉える。

 しかし、我が主はそれに騙されることはなくいなと、そしてその証拠を口にした。

 嗚呼、忍はその目を細めて確かに笑った。

 その首を短く鈍い音をたてさせながら折った。

 そしてその片腕を掴むと、思いっきり後ろへとぶん投げる。

 細い見た目をしつつも、案外力はあるようだ。

「それ、片付けといて。」

「は。」

 部下のおうという返事を聞き取れば、主に目を向ける。

 その瞬間、勢い良く体当たりをされるものだから、思わず抱き締めるように受け止めてしまった。

「蘭丸様?」

「遅い!何故帰って来ぬのだ!」

 忍は溜め息を飲み込んだ。

「蘭丸様、風邪をひきますよ。」

「どうでもい!」

う御座いません。遅くなり、申し訳御座いませんでした。」

「うむ…。」

 影鷹は、忍の肩にとまり、忍の頬にり寄った。

「待っててくれたのかい?ありがとさん。」

 影鷹ヘ、柔らかな優しい声を発したのを聞いた主は、少々悔しく思うた。

 忍が主へ、そんな声はしない。

 それが、羨ましく思ったのは、忍もまだ、知らぬことだった。

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