第5話父の死の先へ

蘭丸ランマル様は?」

「あの忍が護衛ごえいに。」

「そうか、ならばしばらくは問題なかろう。」

「どうしたものか…。」

「仕方あるまい。源次郎ゲンジロウ様にお任せする他…。」

「だが、」

「(丸聞こえだっての。)」

 薄暗い一室で、膝の上に顔を埋めて未だに泣きじゃくるあるじ見下みおろしながら、溜め息を殺す。

「(誰だって、おは辛いさ。まだ、親が必要な年頃なんだから。)」

 同情でもなく、ただ事実。

 そもそもこの忍にそういった感情は無かった。

 部下であろうが、主であろうが、何かを言うのであればその面倒をどう処理してやるか。

 それだけのことで。

 蘭丸の母親が死んだ時は、父親が慰めたであろう。

 父親が死んだ今、誰も近付けは出来なかった。

 この少し前のこと。


「(負け戦か。)」

おさ…?」

「戻るよ。」

「よろしいので?」

 部下の言いたいことは察せられる。

「こちとらの主は?」

「蘭丸様、です……。」

「わかってるならいい。」

 主は蘭丸様ただ一人。

 蘭丸様の父親は関係ない。

 だから、首を突っ込む必要は無い。

 それだけだ。

 それだけのことだ。

 少し経てば、たれたのだという報告が届く。

「蘭丸様、ご報告が御座います。」

「なんだ?」

「お父上様が、討たれたとの報告が忍により、」

「父上………が?」

 それを聞けば、もう誰も受け入れなくなった。

 誰も入ってくるな、と一室に閉じこもって三時間後。

 当然、その一室の天井裏には、忍が護衛と称している。

「そこに、るのだろう?」

「護衛、ですからね。」

「降りてこい。」

「お断り致します。」

「何故だ。」

「慰め等は致しませんよ。」

「要らぬ。降りてこい。」

 その赤い目だけを閉じて降り立つ。

 既に泣いて目元を赤くしている主は近付き、静かに忍に抱き着いた。

「ここにおれ。」

りますとも。」

「お前は、知っておったのか?」

「忍ですから。死地しちへ向かうお姿から、報告を聞くまでも。この目で。」

「ならば、何故。」

わたくしは蘭丸様のお父上様が主では御座いません。我が主はただ一人、蘭丸様のみ。」

「だから、助けぬというのか。」

 閉じられた赤目は、未だに主を見ようとはしなかった。

「(どうしろってのさ。しのび風情ふぜいに。)」

「…すまぬ。」

「謝る必要は御座いません。」

 恐ろしく面倒な、人の情。

 それにいちいち何を言えというのか。

 忍には、理解が難しい。

 それが武士であるのだろう?

 それが忍であるのだろう?

 それに、何を言っても変わらない。

「お前も、消えるのか?」

 それには返答しなかった。

 消える、が何を表すか。

 裏切りか、討たれるのか、それともなんだ。


 泣き疲れ、膝の上で寝てしまった主を見ながら、閉じていた赤い目を開く。

 この赤が、血を連想させる。

 この赤が、死を意味させる。

 ならば、見せてはいけないのだろう。

 配慮はいりょは必要だ。

「(隠してやるか。)」

 この日から、片目を黒で隠すようになった。

 蘭丸はこの日をさかいに忍への依存が加速していく。

 朝、目を覚まさせに来てくれるのがこの忍でなければ不機嫌になり怒る。

 御飯も、この忍の手で作られたものでないと食べたがらない。

 鍛錬にも、忍を参加させるか目の届く範囲に居させていないと不安がる。

 寝る時も、忍が護衛といって部屋の天井裏や障子の向こう側にいるのを良い事に中へ無理矢理入れて一緒に寝ようとせがむ。

 当然、こんな会話になる。

「寝るぞ!」

「どうぞお眠り下さい。」

「お前も寝るのだ!」

「そもそも蘭丸様のお部屋に居る時点で、」

「朝早いのであろう?」

「寝ませんから。それと、こんなところを見つかれば間違いなく解雇くびなんですが。」

「だいじょうぶだ!」

「蘭丸様も叱られますからね……。」

 蘭丸は、忍がそう言いつつその目を閉じ己の隣で身を伏せるのが好きだった。

 何を言っても、逆らい切れず諦めて眠りにつこうとするのが嬉しくて仕方が無いのだ。

 だが、忍にしてみればそうするしかない。

 誰かが部屋に近付くのなら、そしてその手で開けて覗こうものなら、影となって身を沈め、その目をあざむこうと構えている。

 決して寝はしない。

 身を伏せるのも、目を閉じるのも、寝息と似た呼吸をするのも、主に満足し眠って頂くために。

 甘いといえば、甘いのかもしれない。

 主がこの頭を撫でたのに、少々驚いた。

 目を開けば、その目にとらえられる。

「お前の髪は、まるで猫のようだな。」

「………おやすみなさいませ。」

 そして再び目を閉じる。

 そこで主は忍の敏感さに、警戒しながら寝ているのだと気付き、器用だなどとまた思っていた。


「長…休んでは?」

「は?」

 素で部下のその提案に首を傾げた。

 何故、突然そんなことを言い出すのかわからずに。

「お疲れのご様子で…。」

「(そう見えるってことは、不味いね。)仕事が終わったら、一息つくさ。」

 部下の表情の変化に、目を細める。

 きっと、休まないんだろうという予想を持っての表情だ。

「(休めるのなら、休むんだけど。給料頂いてるんだから、休めないデショ。)」

「忍 殿どのー!」

 溜め息をつくほどの暇もなくなったのだった。

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