第4話忍隊の長

 黒い布の覆面ふくめんで顔を隠し黒一色の中、ただ一色が花を咲かせた様に目立つれがあった。

 それを誰かは不気味と言い、それを誰かが嫌い、それをみなが恐れた。

 闇夜にそれが突如とつじょ目の前で見開かれたなら、生きて帰れぬともうわさされる。

 その色は黒に咲く赤。

 たった一つの、『花』である。

 そう表したのは、その忍のあるじであった。

「綺麗だ。」

「ご冗談を。」

 笑いもせず、冷たい声で返答をする。

 主が『花』だと言い表すのに、忍は居心地の悪さを感じている。

 『花』、『綺麗』、そういった言葉は何処ぞの御姫様おひいさまに言うべきであろう。

 その花と表された赤の正体はこの忍の片目であるのだ。

 この目が他者を怯えさせる。

 あやかしたぐいなるもの以外、何と他に表せるか。

 赤く不気味なその目は猫のように細く、また丸くもなった。

 そのついなるもう片目は光のない黒のみ。

 深く何色も入らない黒は、外からの光さえ反射せず通常ある光がこの忍には映らなかった。

 目付きが悪く、相手に多々睨んでいるように受け取られがちであるのも、表情を一切作らない所為せいなのだろうか。

 主の目には、そんな忍が恐ろしくは映らなかった。

 忍のどこからとも無く複雑に絡みつくような影を眺めては、鋭くこの忍の状態を察しつ真っ直ぐと申すのだ。

 それを鬱陶うっとうしく感じる時もあれば、恐ろしく感じることもある。

「(忍を見る目…というか、人を見る目があるのは生まれつき、かねぇ?)」

 思いはすれど、一切それを声に乗せて言いはしない。

 表情も目も、何も語らぬ。

 誰一人、この忍の考えることは読めず。

 主であれども。

 何を考えているのかわからない、という印象は余計に恐怖を呼んだ。

「お前は、好かれておるのか?」

「何故そう問うのです?」

「動物に好かれておるように見えるぞ。」

「動物との会話は可能ですからね。」

「おぉ!まことか!」

「(何をそんなに。)」

 決して見下さないように、見下みおろす。

 光を受け反射するのではなく自ら光を放つようなその目と合わないように、首ばかりを見つめながら。


おさ!?」

「(ちっと………意識が飛んでたか。)」

 血塗ちまみれの体を起こす。

 洞窟どうくつに逃げ込んだはいいものの…。

 からすが部下に撤退てったいを伝えてくれたはずである。

 あとは、己らが自力で戻るだけ。

 痛手を負った部下は、暗い洞窟で上司であるこの忍の不気味な赤い目を頼りに上司の方へ目を向ける。

「(全員までは無理だったな。死んだ奴は置いといて、あと二、三はこちとらの不足だった。)」

 細められる赤い光を見て、部下は己の弱さを悔やんだ。

 いくらこの忍が強く、腕のいい者であっても本来の目的でない仕事までも背負い、怪我人を担いで追っ手をくというのも無理がある。

 たった一人で部下を数人担いでここまで逃げ込めただけでも上等ではないか。

「長、申し訳ありません…。」

 その赤い光が動く。

 その目が言いたいことは察せない。

「あんたらの失敗じゃない。こちとらが見誤みあやまった。あんたらに行かせるもんじゃなかったね。」

 ぶっきらぼうな返答だ。

 赤い目が閉じられ、暗闇が戻った。

 暗闇に慣れた目は、そこに誰かがいるというぼんやりとした輪郭りんかくを捉えるのが限界だった。

「もう少々休んだら、帰るよ。」

「了解。」


「あやつは何処だ!まだ帰って来ぬのか!」

 夜中であるというのに、遠慮えんりょもない大きな声が、任務から戻ってこない忍を探す。

 忍小屋で待つと言って聞かない蘭丸ランマルに、忍は困り果てた。

 何を言っても耳を貸さぬからだ。

「蘭丸様、長が、」

「何処だ!」

 全てを聞かないのも困りものだった。

 部下によって支えられながら、中に戻ってくる忍に、その主は目を丸くした。

「どうしたのだ!」

 駆け寄ってそう問えば、うつろな目は細められる。

 何も答えはせず、しかしその手は主の頬を優しく撫でた。

 それが何を表したものかわからなかったが、それが返答の代わりなのだろう。

 言い訳の一つか、それとも安心させよう一つか…それとも?

 その手が力なく落ちれば、そのまま意識を手放して倒れ込んだ。

 忍の影が静かに薄まっていくのを見た主が泣きそうになりながら何度も忍を呼び叫ぶ声が夜に響いた。


 翌日、何事も無かったかのような様子で主を起こしに朝現れるものだから眠気も吹っ飛ぶ。

「だいじょうぶなのか!?」

「どちらにせよ、仕事は致します。」

 部下らも上司の回復力には何度も驚かされている。

 実際、傷が塞がっているわけでもないが、ゆるりと休んではいられない。

 長であるがため、仕事は山ほどある。

 腕一つ動くのであれば、いな、首から上だけでも動けるのであれば働く。

 筆を噛んで机上きじょうの仕事をこなそうとするか、命を狙われるのだとしても十分身を守れる。

 首が体から離れても、首だけで数分は動くくらいのしぶとさもある。

 それが余計に妖じみてしまっているのだが。


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