第3話忍というモノは

 翌日、姿を見せない忍を探してあたりを見回す目があった。

 何処にもそれらしき影すらなく。

「忍 殿どの!」

此処ここに。」

 音もなく背後へ現れる忍に目を丸くさせた。

「お前の名は何というのだ?」

「必要ありません。」

「何故だ?」

「道具に名が要りますか?」

 道具にそれぞれその道具だと区別するための記号、名称は存在する。

 しかし、それははさみならば鋏というだけのことで、その鋏に名、例えば小町コマチなどと付けることは普通しない。

 それと同じである。

 忍も道具。

 忍、とだけあればそれぞれの名は知らなくてい。

「道具?」

「はい。」

「お前が、か?」

「はい。」

「何を言っておるのだ!お前は道具ではない!!忍は道具ではないのだ!」

 忍には何故、主が怒りを含めて怒鳴るのか理解が出来ない。

 そして、その発言の間違いに視線を外す。

「忍は道具。あるじの為とあらば、死せる身に御座います。」

「道具でない!お前は俺のともであり、家族だ!!」

 いつの間にそんなふうに思うようになったのやら。

 会って主となり、その翌日の間の何処で、そう思うたか。

 眉間みけんに寄せたしわが消えることは無かった。

 これまたお互い様なのかもしれない。

「忍というモノは、」

「物ではない!お前も大切な人だ!」

「(ったく、此方こっちの話を聞きやしない。こりゃぁ、面倒だ。)」

 このままではらちが明かない。

 ならば実際に見せ、知ってもらう他ないのであろうか。


「嫌だ!」

「仕事ですから。」

「行ってはならぬ!」

「困ります!」

 必死にしがみついて離れない主と、仕事へ向かおうと抵抗する忍の様子を見兼ねた女中じょちゅうは慌てて主を説得しようとし始める。

蘭丸ランマル様!私とお遊び致しましょう!」

「ならぬ!こやつでなければならぬ!」

 やっとのことで器用にほどいて素早く影に消えていけば、主は今にも泣きだしそうに影を睨んだ。

「(面倒臭い。)……早く戻ります故、お遊びでもしてお待ちくださいませ。」

 声だけでそう返せば見ずとも笑みを浮かべたのがわかる。

まことだな!約束だぞ!」

 それには返答はない。

 子供ほど面倒な相手はおらぬもの。


 さて、仕事と言うて影へ消えた忍は、元主である源次郎ゲンジロウという武将の前にて無愛想な顔を伏せたまま、我が主 蘭丸の報告をおこなった。

「うむ。ご苦労じゃった。お前に引き続き頼みたいことがあるのじゃが。」

 すでに主でなくなったわけだが、あの幼いおが忍相手にどうこうはまだ出来まい。

 初陣ういじんを迎えるまでは、という条件の上での異動いどうだった。

 勿論、初陣を迎えてしまえば給料も何も背負うのは主である。

「はい。」

「実は蘭丸の世話役として、お前を任命するつもりじゃったのもあるが、蘭丸を、」

「お待ち下さい。今、何と?」

「聞こえておらぬわけではあるまい?ここまで申せば察せよう。」

「お言葉ですが、それは、」

「部下の子の面倒を見ることがある、と聞いたが?」

「(何でンなことまで報告しやがってるわけ!?)」

「と、言うことじゃ。頼んだぞ。」

「…給料にも契約にも含まれない仕事は出来ません。」

 いくらなんでも、と抵抗を示す。

 その忍に対し、豪快ごうかいに笑って腕を組む。

「お前ほどならばこなせよう!珍しいのぅ、お前が嫌がるとは。」

「嫌がっては、」

赤子あかごを抱いて仕事をこなすお前は、部下 いわく、親のようでなかなかさまになってたらしいが?」

「………(余計なことを…!)。」


「遅いぞ!」

「申し訳ありません。」

「む?どうしたのだ?」

「何も。」

「怪我をしておるな?」

「何故、そう思うので?」

「お前の影が騒いでおるぞ?」

「(なるほど。こりゃ、相当だ。)気の所為せいでは?」

 見えぬ影が見えるとなれば、期待の一つができようか。

「お前はいつも影があるのだ。他の忍にはなかった。」

「それは、蘭丸様とわたくしにしか見えぬ影にございます。」

「そうなのか?」

「はい。他者には話さぬ方がよろしいかと。」

 不思議そうな顔を浮かべる主に、そう告げる。

 実際に、見える方が可笑しいのだから。

「何故、俺とお前には見えるのだ?」

「蘭丸様には少しばかり難しい話になりますから、いつかお話致しましょう。」


おさ。」

「殺られたね。」

「は…。」

「(予想通り、か。)」

「試したのですか?」

「五分五分といったとこ。運が悪けりゃ殺られるかってくらいの。下がりな。」

「見捨てる、と?」

「状況による。撤退てったい準備して待て。」

「長!」

「怪我人背負って走れるくらいの体力があるんなら、温存してな。」

 鋭く冷たい目は、少しの情も感じさせない。

 それでも部下の、仲間を連れ撤退することを望む声に応えよう言葉はしっかと残され、部下らはこの忍を嫌うに嫌えないでいた。


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