第324話 力の差


 何が起こったのか全く分からなかった。


 先ほどまで圧倒的優位に立っていたのは光哉のはずである。


 ゼンヤは変幻七在の鎌の餌食になり、ナユタは超重力によって押しつぶされていたはずなのに。


「これでわかったか? 理解の足りない異世界猿どもと、それに輪をかけてアホの転移者二人。お前らが百人千人万人の束になってかかってきたところで、この僕にとっては蟻んこ未満だってことをさ」


 それを実現したのは、どう考えてもゼンヤの異能によるものだろう。


 発動条件その他もろもろの詳細は分からないが、受けたダメージをどんなものでもそっくりそのまま相手にお返しする能力という感じだろうか。


 しかも、首を落とされるという即死級のダメージもあっさり元通りになっているから、そうなるとほぼ不死身である。


 因果反転リバース……今まで見てきた異能とは明らかに異質である。


「……っ……のっ……」


「光哉っ」


 ゼンヤの反撃を食らった光哉だったが、どうやら最悪の事態に備えて予めスライムに変化していたようで、すぐに元通りの姿に戻っていく。


「二重変化か。低能にしては良く知恵を絞ったほうじゃない? 20点あげるよ」


「……ちっ、そりゃどうも」


 光哉は反撃せず、いったんゼンヤから距離を取った。


 というか、ゼンヤの恐るべき能力の一端を見せられればどうすることも出来ない。


 攻撃しても全てのダメージを反射されてしまうのであれば、手出ししたところで意味がない。


「それがテメエの能力ってわけか。どうりで俺の左目がいきなり潰れたわけだ」


「そういうことだよ、金髪トリ頭。これでようやく理解したか? この僕とお前の圧倒的な力の差に」


 純粋な戦闘力で言えばラルフの方が上だろうが、この世界はもって生まれた、もしくは与えられた才能がモノを言う。


 創造者として覚醒しつつある隆也や、他人の才能を奪い去ってしまう詩折の異能など。


 いくら体を鍛えても、魔法を極めても、たった一つの強力なスキルで戦況をあっという間にひっくり返されるという不条理。


「……ふふ、やっと皆落ち着いてくれたみたいだね。ありがとう、ゼンヤ君。おかげで私が楽することができた」


「ふん、始めからそのつもりで動いてたくせに」


「まあまあ、そんなに怒らないでよ。帰ったらキスしてあげるからさ」


「どうして君ごときのキスなんかで僕が喜ばなきゃいけないんだよ……ったく、さっさと用事を済ませろよ。僕はもう疲れてるんだから」


「はいはい。わかりましたよ」


 そう言って、ナユタが再度隆也のほうへと手を差し出した。


「タカヤ君、一つ、交渉をしようか」


「……交渉だって?」


「うん。私は君と友達になりたい、でも君は私と友達になりたくない。だから、少しでも君が私の友達になってもいいと思えるよう交渉し、折り合いをつける。単純かつ簡単な話さ」


 無駄なことをするものだ。


 先ほど言った通り、たとえ隆也がどうなろうが、ナユタやゼンヤたちを仲良くすることなどありえない。


「絶対嫌って顔してるね。まあ、嫌いでもなんでも、タカヤ君は『うん』というしかなくなるんだけど」


「? それ、どういう――」


「――『#$:&&TFTW’%%WUK』」


「っ……!?」


 ナユタが右手を空に手をかざして、なにやら意味不明な言葉を発した。


 何があってもいいよう隆也はすぐに身構えたものの、しかし、隆也自身には特に体の異常などは起こらない。


 まさか、ただのはったりだろうか。いや、ここにきて彼女がそんなことをするはずはない。何らかの能力を行使したはずだが、では、彼女はいったい何を――。


「タカヤ君、私が今何をしたか知りたい?」


「…………」


「もう、そんな怖い顔しないでよ。ちゃんと教えてあげるからさ」


「仲間に何かしたら承知しないぞ」


「あらら、そういうのは早めに言ってくれなきゃ困るなあ。だって、もう『命令』しちゃったよ?」


「な――!?」


「ふふふ……隆也君、後ろ。君の仲間たちのほう、見てあげて」


「……」


 ナユタの指さす方へ恐る恐る顔を向けると、その瞬間、あり得ない光景が飛び込んできた。


「ご、しゅ……じ、んさ……」


「あ……ぐ……」


「い、きが……」


「ミケ、アカネさん、みんな……!?」


 それまで何の異常もなかったはずの仲間たちのほとんどが、地面にはいつくばって苦しみの表情を浮かべている。


「ぜ、ぜえっ……ん、だこりゃ。急に呼吸が難しくなって……」


「光哉っ」


「気をつけろ隆也……なんとなくだが、コイツの能力が一番やべえ気がする……」


 光哉のほうはまだ何とかなっているようだが、それでも全力疾走をした直後のように激しく肩で呼吸している。


「この……おい、皆に何をしたっ!」


「ふふ、ちょっとだけの人たち全てに『命令』したんだよ。『三十秒間、呼吸しちゃダメだよ』ってね」


「は……?」


 ナユタの言ったことが理解できない。


 この世界の人間、全て?


 彼女の口からぼそりと呟かれた言葉。たったあれだけで、彼女はこの世界で生きる人々の呼吸を一時的に停止させたというのか。


「二十八、二十九、三十……はい、命令終わり。、お疲れ様。もう楽にしていいよ」


「「「……かはっ!」」」


 呆然とするなか三十秒が経過し『命令』が解除され、ようやく仲間たちの呼吸が正常に戻った。


 訳が分からないと言った表情で呼吸を繰り返すもの、突然呼吸を封じられて気を失ったものもいる。


 この世界に存在するものを意のままに操作する能力――そんなもの、果たしてあっていいのか。


「改めて自己紹介しようか、名上隆也君。私の本当の名前は四条那由多しじょうなゆた――お察しの通り、キミやゼンヤ君、コウヤ君たちと同じように転生者の一人だよ。まあ、大昔の話だけどれどね」

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