第323話 全面戦争


「トモ、ダチ、だって……?」


「うん、そう。友達っ」


 ナユタの言葉に、隆也は本気で耳疑った。


 なぜ今さらになってそんなことを言えるのだろ。


 隆也のことを自らの手で窮地に追い込むような真似をし、今度は死んだはずのラルフの親友二人に化け、協力するふりをして隆也が傷つき思い悩む姿を傍らで楽しんでおいて。


 もちろん、それは隆也だけではなく、その仲間たちについてもそうだ。


 久しぶりに再会した彼らの顔には、皆一様に疲れが浮かんでいた。隆也が帰ってこないことを心配し、不安に駆られて一睡もできない日もあったようで、ミケやアカネは特に目の下のクマがひどいものになっている。


 しかも、数か月もの間だ。


 彼らにはおよそ人の心というものがない。おそらく彼らの力は強大で、仲間になればある程度のことは思いのままに出来るのだろう。


 隆也の目的には、『元の世界へ帰る方法を探す』ということもある。ナユタの協力があれば、さらに出来ることは広がるだろう。


 だが、それでも。


「……ふざけるなよ」


 そう言って、隆也はナユタより差し出された手を雑に払いのけた。


 それが隆也の答えで、この場にいるナユタやゼンヤ以外の総意だった。


「え? なんで? いいじゃんいいじゃん、友達になろうよ。私たちの仲間になれば、きっともっと楽しくこの世界を過ごせるっていうのに」


「おいおい、『たち』ってなんだよ。僕のことを入れてるなら除外することを切に希望するけど」


「ゼンヤくん、男の子のツンデレは一般的には可愛くないとされているよ」


「僕はコイツが明確に『嫌い』なんだ……ったく、まあ、せいぜい仲間に引き入れられるよう無駄な努力をすることだね」


 ゼンヤはともかく、ナユタのほうはまだなんとかなると思っているようだ。


 本当に、この子はなにもかもがおかしい。


 言動も、考え方も、何もかもが隆也とは違う次元に生きる人間のようだ。


「お前らが何を言おうが、俺の答えは変わらない。NOだ。そして、」


 隆也は立ち上がり、二人のことを睨みつけながら言った。


「『ふざけるなよ、このクソ野郎ども。ぶっ飛ばしてやる』!」


 瞬間、隆也を中心にして、甲板上に冷気が広がって、近くにいたナユタとゼンヤの足元を凍らせた。


 隆也は、すでに痛みの感覚すらなくなった手をさらに酷使して、もう一度ゲッカを作り出していた。すでに魔力回路はズタボロのはずだが、島クジラでの経験で隆也のスキルレベルが上昇したのか、まだなんとかいけるようだ。


『……オオオ』


「ゲッカ、こいつらを氷にして粉々にしろ。どうなっても構わない」


 激情に身を任せたままに、ただ目の前の憎き敵を倒すために生み出した氷の剣に、隆也はそう命じた。


「っとと……もうひどいなあ。せっかくおめかししてたっていうのに、これじゃあ足が壊死しちゃって使い物にならなくなっちゃう」


「うるさい。俺たちが受けた苦しみに比べれば、この程度じゃないはずだ。……それに、どうせ効いちゃいないんだろう」


「それはもちろんね。……『着火』」


 ナユタがそう言って指を鳴らすと、瞬間、ナユタを足止めしていたはずの氷が一瞬にして、溶けだし、水蒸気となって辺りに霧散する。


 どうやら『着火』はミラが持っていたものではなく、ナユタが本来持っていた能力のようだ。異能かそれとも魔法かは今のところ判別はつかない。


「おいおいナユタ。僕のほうも助けてくれよ。僕のほうなんか、もっとひどくて、もう氷が腰のあたりまで来てるんだけど。このまま俺を氷の彫像にするつもりか?」


「芸術品になりたくないなら、ゼンヤ君も能力を使えばいいじゃないか。なにせ、今の君は向かうところ敵なしなんだから」


「こんな雑魚どもに能力を使うのがバカバカしいから言っ――」


 そうゼンヤが憎まれ口を返そうとした瞬間、彼の喉元を巨大な鎌の刃が撫でた。


「――あ?」


「こんな雑魚とは言うじゃねえかヒョロガリ。同胞の俺にも、その話、いっちょ噛ませてくれよ……つっても、首を飛ばしちまったからもう無理だが」


 光哉が手にしていた変幻七在が、まるでアイスにでも刃を入れたかのように、ゼンヤの首を喉元から真一文字に切り裂いた。


「……っ、っ……」


「おいおい何言ってるか聞こえねえぜ? ちゃんと喋んなきゃ、みんなには君の気持ちは一生伝わらないぜ?」


 ごとん、と甲板に落ちたゼンヤの頭を見下ろしながら、光哉がその瞳を真っ赤にぎらつかせながら言う。


 隆也が啖呵をきった瞬間には、いつでも攻撃を仕掛けられるようにいつでも動いていたのだろう。やはり、持つべきものは魔王ともだ。


「あら、隆也君以外にも動けた子がいるなんて……って言うのは失礼だったかな? 刀崎光哉君」


「俺の名前も知ってるのか……ということは、アンタ俺たちの『先輩』か?」


「さあ? 私は君が何を言っているのかさっぱりわからないな」


 とぼけているが、時期はともかく、彼女もまた何らかの事故でこの世界に迷い込んだうちの一人のはず。


 彼女の能力は、いったい――。


「まあ、アンタがどこの何モンだろうが、俺たちがやることはただ一つなんだけどな……『ふふ、このまま車輪下のヒキガエルみたいに無様にぶっつぶれなさいな――レイズ!』」


 完全模倣の異能で四天王の一人である堕天使のゼゼキエルに変化した光哉が、ナユタの周囲に超強力な重力の磁場を発生させた。


「――っ、っとと。へえ、重力操作の魔法か、これはなかなかの負荷じゃないか」


「あら? 意外と粘るわね、でも今のウチでそんなことで大丈夫? 私、まだ一割ぐらいしか魔力使ってないけど――ほうら!」


 彼女の操る重力操作の魔法だが、その魔力の源は魔王である光哉なので、その威力はさらに跳ね上がる。


「っ……ふふっ、へえ、へえ、こりゃすごい。これじゃあ、ひ弱な私じゃ立ってられないや」


「そのまま跪いて命乞いをしてもいいのよ? ま、その声を聞きながらゆっくりぺっちゃんこにする様を眺めるの私大好きだから、残念ながら願いは聞き入れられないのだけれど」


 島クジラを粉々に破砕した神雷砲の威力の反動にすら耐えるほどの頑丈さをもつ雷雲船にヒビが入るほどだから、光哉もかなりの魔力を重力魔法に充てているようだ。


 それでまだ余裕の表情を浮かべるナユタも大したものだが、しかし、もう立ってはいられないようで、今は完全に四つん這いの状態になっている。


「もう、ひどいなあ。私はただ隆也君のことを仲間に誘っただけなのに」


「それはテメエらの胸にでも聞いてみるんだな」


「あらら、これは手厳しい」


「……ダチの受けた苦しみ、身をもって償え」


 重力魔法を解除し、元の姿に戻った光哉が、敵の息の根をとめようと変幻七在の鎌を首筋に向けて振り下ろす。


 しかし、刃がナユタの首に触れたその瞬間、ピタリ、とまるで世界が静止したように鎌の動きが止まる。

 

「――あ?」


「おや? どうしたんだい? もうすぐでこれまでの数か月の復讐を果たせるところだったのに――おっと、ごめん。首が落ちてるその状態じゃあ、上手く喋れないよね。ごめんね、魔王くん?」


「??!! な、え――」

 直後、隆也の目の前で信じられない出来事が起こった。


「っ……っ……!」


 先ほどまで圧倒的な力を見せていたはずの光哉が、いつのまにか変わり果てた姿になっている。全身を真っ赤な血に染め、地面に這いつくばった状態の上、首がごろんと足元に転がっている。


 いったい何が起こったのだろう。まばたき一つせず戦況をじっと見つめていたはずなのに、気づいた時には、まるで反転するかのように、ナユタと光哉の立場が逆転している。

 

「【因果反転リバース】――まったく、まさかこんな雑魚どもに僕が直接手を下すなんて。おいナユタ、茶番もいい加減にしろよ」


「あはは、ごめんごめん。でも、キミだってさすがにやり返したいと思ったでしょ?」


「まさか。やり返したんじゃなくて、僕はこいつらに『教育』したまでさ。僕のような選ばれた人間に逆らうとどうなるか――それを身をもってね」


 光哉の頭を踏みつけながらそう言ったのは、先程その光哉にやられたはずのゼンヤだったのである。

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